613. 舐められて終われない

 魔王城の魔法陣は、動力となる魔力すべてを地下に流れる龍脈から得ている。魔王城が半壊したのち、新しく再建する魔法陣はすべてルキフェルが手をかけた。アスタロトに意見を聞き、ベールとセキュリティ内容を検討し、ベルゼビュートが試算した魔法陣だ。積み重なった際の弊害や連鎖発動しないよう制御し、複雑な計算式をくみ上げた最高傑作だった。


 そう、今の魔王城で常時発動するすべての魔法陣は――ルキフェルの脳に刻まれている。なのに、初見の配置図が存在するはずはない。しかも持ち込まれた図面の紙は新しかった。


「……僕の仕事に、随分なケチをつけてくれたもんだ」


 強く握った拳が震える。魔王城が完成した後で一度、すべての魔法陣は動作確認を行った。それ以降、常時発動するもの以外は触れていない。期間にしてわずか5年前後……長かったのか、短かいのか。


 己が担当した魔王城の防衛魔法陣に仕掛けられ、それが原因で大切なものを奪われた。敬愛する主君の記憶が失われ、妹と可愛がるリリス姫が泣いた。こうしたテロ行動を行う者は大層なお題目を掲げるが、どんな理由があれ許せる要素がない。


 部屋の地下を見通すように床を睨み、ルキフェルは怒りを吐き出した。


「城内すべての魔法陣の一時停止と、設計図に沿った再構築を行う」


「ならば、ベルゼビュートを呼びますか?」


 再構築の複雑な計算に、彼女以上の適任者はいない。魔王への付き添いを交代する必要性を口にしたベールへ、ルキフェルが凶悪な笑みを浮かべた。普段の幼い仕草や子供の振る舞いが嘘のように、残酷な長寿者の一面が噴出する。


「ねえ……アスタロト、僕の代わりに弄った子を見つけてきてよ」


 魔法陣をいじくった痕跡は見つける。だから勝手に変更した犯人を捕らえて欲しいと強請る。無邪気に、楽しそうに、昆虫の羽を千切る子供の残酷さで口にした。大公の中で一番若いルキフェルだが、1万5千年を超える長寿だ。彼から見れば、ほとんどの魔族は「子」と表現される若い個体だった。


 犯人に繋がる糸の先を見つけた同僚へ、ドラゴンの長はにっこりと笑って見せる。その口元が怒りに引きつっていようと、目が怒りに燃えていようと関係ない。その表情に浮かんだ感情を確かめるように黙っていたアスタロトが頷いた。


「どこかも文句言わないでくださいね」


「口がきける状態で残ってればいいよ」


 殺さなければ手足が欠けるくらいは我慢する。物騒な約束を交わすと、アスタロトはさっさと退室した。2枚の図面を手に、ルキフェルが立ち上がる。


「ベール、少しの間だけリリスをお願い」


「わかりました」


 ルキフェルが今回の魔法陣にどれだけ時間をかけていたか、知っている。ルシファーから向けられた信頼に、全力で応えようと試行錯誤を重ねて作った。その作品を壊されただけでなく、悪用して魔王へ害をなした敵に怒っているのは……ルキフェルだけではない。


 ルシファーとリリスを一緒にできない以上、戦力の分散になろうと個々に守るしかない。効率が悪いことは理解していた。それでも2人を傷つけるくらいなら、自分達の苦労を選ぶ。


 この程度の危機は過去もあった。アスタロトが眠りについた時期に合わせて攻撃され、ルシファーを守る剣がベルゼビュートだけだった場面も、番を喪ったベールが動けなかった時も……大公が全員揃わず不利な状況に置かれることは少なくない。


「僕は大公だからね。この失態は挽回してみせる」


「ええ、ご武運を」


 甘やかすだけでは駄目だと見送るベールは、背を向ける水色の髪の青年に祈りの言葉を向けた。

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