184. 駆除作業は子連れで
緊急性が高いと判断された謁見を終えると、ルシファーは溜め息を吐いた。
思ったより人族による被害が広がっている。陳情関連の半分は、人族が領地内に侵入したり襲撃されたことへの『駆除』依頼だった。魔族にしてみれば、突然湧いて出て増える人族は災害に近い。息をするように嘘を吐き仲間を裏切り欲深い彼らは、魔族にとって理解しがたい種族だった。
ここ数十年不思議だったが、人族の移動範囲が極端に広がった。以前は徒歩や馬での移動が主流だった彼らは、転移魔法または新たな交通手段を手に入れた可能性がある。面倒なことになったと眉を寄せるのは当然の反応だ。
「オレリアだけじゃないとは」
嘆願された内容を纏めると、地図の右側に位置する人族の領地に接するほとんどの領域が、何らかの被害を受けていた。逆に無事な種族は数えるほどしか残らない。
「異常な繁殖能力だ」
「多少の駆除は必要でしょう」
唸りながら地図を睨むルシファーへ、アスタロトが進言する。間違っていないが、言葉が通じる種族であり魔物とは外見も違うため、今までは駆除対象から外してきた。言葉が話せない魔物同様、今後は個体数を管理しながら駆除する必要がありそうだ。
人族擁護派のルシファーの方針で、出来るだけ殺さずに追い払ってきた弊害だった。
「適正個体数を計算しておいてくれ」
生物は一定の数までは減らしても復活する。しかし最低ラインを割った瞬間、どんなに保護しても滅びてしまう。その適正数は種族や特性によって異なるため、アスタロトも渋々頷いた。人族が嫌いで排除したいと願っていても、絶滅させたいわけではない。
地図の上にあるリザードマンの沼を指差した。
「ここから下る形で人族を排除する。早ければ明日の午後には戻れるぞ」
「もっとゆっくりで構いませんよ。その代わりしっかり駆除してくださいね」
1匹いたら30匹。己の領地から出た害虫はすべて排除するよう願い出るアスタロトは、満面の笑みで続けた。
「ベルゼビュートを見つけ次第、私も合流しますので」
手を抜くなと匂わせる側近の冷たい微笑みに、ひきつった笑みでルシファーが応じる。
「わかってる」
大人の話が終わるまで、ヤンの上にお座りして待っていたリリスが、両手を伸ばして抱っこを強請る。丸くなった毛皮状態のヤンの上から抱き上げ、頬を擦り寄せた。
「ちょっとお仕事に行って来るね。リリスはお城で……」
「いやよ。リリスも行くの」
ぎゅっと首に手を回して抱きつく幼女に譲る気はない。左右に可愛いリボンを結んだ娘を撫でながら、説得しようと言葉を探した。
「今回は魔王のお仕事だから」
「いつもそうだもん。でもリリスが一緒だった」
言葉が達者になった5歳児はきっちり反論する。いつもは連れて行ってくれるのに、どうして今回だけダメなのか。銀の瞳を覗き込んで首をかしげた。
可愛いので「連れて行くよ」と言いたいが、今回は大虐殺になりそうな予感がする。別にいまさら白い手だと嘯く気はないが、わざわざ赤く染まる姿を見せたいと思わなかった。いずれ知られるとしても、無邪気で可愛い今の時期でなくてもいいだろう。
逃げるように言葉を探す。
「敵がいっぱいで危ないんだぞ」
「平気、リリスが守ってあげる!」
「……えっと、汚い泥に入ったりするし、お洋服汚れちゃうから」
「お風呂入るもん」
「…………ああ、そのぉ」
助けを求めるルシファーの眼差しに、アスタロトはけろりと言い切った。
「いいじゃないですか、一緒に行って構いませんよ」
「わーい、アシュタすき!」
「ちょ……っ、オレは?!」
「パパも好き」
抱き着いた腕を緩めたリリスが、唇を頬に当てる。キスのつもりだろうが、本当に押し付けるだけだ。よくキスを浴びせるルシファーの真似をしたのだろう。可愛い接触に、魔王の頬がでれ~っと緩んだ。
「大好きなパパと一緒がいい」
重ねてお強請りされ、ルシファーはだらしない顔で美貌を台無しにしながら頷いた。
「リリス嬢のこれは……本能、ですかね?」
アスタロトが困惑気味に呟く。小悪魔のような魅力があるとは思っていたが、ここまで上手に魔王を操る5歳児の将来を思い、優秀すぎる側近は大きく息を吐いて頭を抱えた。
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