637. 予想外と、残念な獲物

 鉄格子の内側には、ひとつの牢に1組ずつ親子が入れられ、合計5組が保護された。震える彼女らに軍服を提供したドラゴン達は、怒りで尻尾を叩きつける。地下牢が振動するほどの威力だった。人族でいう貧乏ゆすりに似た行動に、ベールが身を起こす。


「おやめなさい。この場で見つかった10人は大公預かりとします。魔王城の城門へ運びなさい」


 命じたベールの声に、魔王軍の精鋭達は揃って敬礼して踵を打ち鳴らす。了承を返した彼らに救出した母子を任せ、外へ出た。魔力豊富な第一師団を連れてきたため、手際良く分業して転移して消えていく。


「何かありましたか?」


 耳の良い魔獣達からの報告で、さきほどドラゴンが尻尾を叩きつけた音を知ったのだろう。セーレが駆け込んできて地に伏せた。砦まで距離があろうと、フェンリルにとって苦ではない。


「被害者を保護したため、引き上げます。あなた方も引いてください」


 丁寧な言葉だが、内容は命令だった。散らばった魔獣達に遠吠えで撤収を知らせると、セーレは再び地に伏せた。ぶんぶんと尻尾を振りながら、礼を口にする。


「撤収を命じました。今回の行動に魔獣を加えていただき、ありがとうございました」


「あなた方は頼りになります。またお願いします」


 ルシファーほど寛大ではなく、アスタロトほどの恐ろしさはない。魔王軍を指揮する厳しくも優しい大公は、魔獣が無事森に帰るまで見届けてから、城門に戻った。







 すこし遡った夜半過ぎ、アスタロトは虹色に光を弾く剣を手に首をかしげた。


「まだ無駄な抵抗をしますか」


 オロチと呼ばれる大蛇は、頭が8つある。長寿であり己の魔力量の多さに自惚れもあった。3つの頭は最初から戦意喪失していたが、残る頭はずっとアスタロトを威嚇する。


 直接言葉を交わすことが出来ないが、虹蛇などの別種族を通じた意思疎通ができる魔族だった。魔王史に8人と表記されたが、普段は1匹とも数える。それぞれの頭に違う人格が認められても、大元の身体はひとつだった。そのため多少のケンカや騒動で、何度か他種族を巻き込んで叱られた経験がある。


「ぐぉおおお!」


 もっとも気性の荒い首が炎を吐きながら、空中で呆れ顔のアスタロトを襲った。飲み込もうとした口に、剣先で傷をつける。覗いた舌に十字を刻んで溜め息をつく。


「失敗しました。この獲物は面白くありません」


 肩を落として、大蛇を見下ろした。蛇と呼称しているが、身体部分は蜥蜴のように膨らんでいる。数千年ごとに頭を増やして生き続けるオロチが魔王城攻撃を企んでいると、かなり前に掴んだ情報だった。


 ルシファーと圧倒的な力の差があるので放置したが……この際だから獲物として狩ろうと出向いたら、アスタロトの想像より弱かった。それはもう、弱過ぎて話にならない。回復力が化け物じみていても、それは本体が地脈の上に座っているからだ。固有能力でも何でもなかった。この場から引き剥がせば、大した脅威でもない。


「……他にいい獲物いませんでしたかね」


 思いついた当初は、他の大公が選出した獲物と遜色ないと思ったのに、買い被りだったとは残念です。そうぼやきながらも、目の前の蛇頭を切りつけた。


 馬鹿にした気配を感じ取り、頭が同時に四方からアスタロトに迫る。逃げ場を奪う攻撃だが、「遅いですよ」と吐き捨てたアスタロトは前進した。


 普通は逃げ場を探して止まる敵が飛び出したことで、正面の頭が真っ二つに斬られ、振り下ろした刃を下から突き上げて右の頭を落とす。転がる蛇の驚愕した目に映ったのは、後ろに回った首を貫かれ、残った左の頭が血を吐いて真っ赤に染まるところだった。


「ほぼ終わりですか」


 戦いを放棄した3つの頭が本体を制御したため、これ以上の戦闘はなさそうだ。このまま捨て置いて、別の獲物を探そう――物騒なことを考えたアスタロトは、近くにある別の獲物候補へターゲットを移し、コウモリの羽を背に広げた。

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