1297. 今度はこちらの番だわ!

 次は自分達の結婚式であり、同時に大切な主君の結婚式だ。大公女達の気合の入り方は凄かった。ベルゼビュートの結婚式は、それぞれに与えられた公式衣装で乗り切った。淡いクリーム色に象徴する属性を示す模様を織り込んだドレスだ。公式用に揃いで作られたドレスは上質の絹が使われ、艶も美しい逸品だった。


 魔王や大公達が選んだのだから、最上級の品と言っても差し支えない。そのドレスを横目に、それぞれの衣装の打ち合わせが始まった。一番重要視されたのは、色の被りだ。デザインより色が重なった方が目立つ。


「リリス様のお衣装は、淡いピンクだったわよね?」


「え? 純白じゃないの?」


「嘘! 私は水色に真珠って聞いたわ」


 3人の意見を聞いたレライエが溜め息を吐いた。いつの間にか情報が混乱している。やはり事前打ち合わせは必須だった。衣装係のアラクネに確認するべきか迷う。当事者に尋ねるのが一番だが、リリスとルシファーは数日不在だった。


「アラクネに確認するわ」


「じゃあ、私も一緒に行く」


 ルーサルカがいち早く決断を下す。こう言った場面で、最初に動くのはルーサルカが多い。ルーシアやシトリーは彼女に追従するか、異論があるときは口にする。全体を冷静に見つめて判断するレライエは、小さく頷いた。


 ルーサルカが立ち上がり、シトリーが慌ててついて行く。見送ったレライエは、空のバッグを撫でた。


「やっぱりいないと寂しい?」


 ルーシアがお飾りのカタログを見ながら首を傾げる。青い髪がさらりと肩を滑った。ここ最近、災害復興のお役目を頂いたアムドゥスキアスは忙しそうだ。ルキフェルと一緒に各地に顔を出し、夕飯に間に合うように文字通り飛んで帰ってきた。


「そうだな、いつもいたから」


 肩にかかる重さが、鬱陶しい時期もあった。だが今になれば懐かしい。仕事としてお役目があるのなら、邪魔するのは野暮だが。


「明日のお休み、代わってあげるわ。私はジンの休みがずれちゃったの」


 明日はアムドゥスキアスが休みだと言っていた。朝呟いたので気を遣ってくれたらしい。遠慮するより、素直に受けようと思った。


「ありがとう。私の次の休みは……」


「知ってるわ。2日後でしょう? 私、その次の日も休みだから連休にできるわ」


 得しちゃった。そんな口調で、レライエが気にしないよう振る舞う。ルーシアは水の精霊族という特性のせいか、他人の機微に敏感で調整が上手だった。


「それは羨ましい」


「もう代わってあげないわよ」


 くすくす笑い合い、お飾りのカタログを仲良く捲り始めた。水と火、司る力が正反対の2人が上手に仲を深めている頃、せっかちなルーサルカは全力で走っていた。狐獣人だから身体能力は高い。そんな彼女に、空を飛んでついて行くのは鳥人族のシトリーだ。


 魔王城から南へ走り、森に到達したら向きを変えて奥へ入っていく。さすがに飛んでいたら見失うため、シトリーも地上に降りた。時々魔の森の木々の間に張られた糸を頼りに、アラクネの住処へ向かう。徐々に蜘蛛の糸が増えて、太くなっていった。束ねて撚った糸が導く先で、巨大な蜘蛛の巣に遭遇する。


「アラクネの姉さん、いる? ルカだけど」


 ゆさっと巣が揺れて、奥の繭から巨大女郎蜘蛛が現れた。上半身は美しい女性の姿をしており、彼女らは特殊な製法で蚕を育てて糸を紡ぎ織る。魔族でも指折りの機織り一族だった。現在は魔王城に関する衣装は、種族独占で働いている。


「どうしたの? 何か変更でもあったかしら」


「いえ。変更じゃなくて確認なの。リリス様の婚礼衣装だけど、色とデザインを確かめさせて。私達が被ったらまずいわ」


 ルーサルカは土産に持ってきた果物を渡しながら、気軽に話しかける。何度も顔を合わせているし、物おじしないのがルーサルカの良いところだ。


「色は被ってないわ。それぞれのイメージカラーだし。デザインも個性に合わせてるから問題ないわね。デザイン画を見ていく?」


「お願いします」


 蜘蛛の巣によじ登るルーサルカに続きながら、シトリーが苦笑いした。蜘蛛の巣にかかる鳥なんて、物語に出てきそう。弾力と粘着性のある糸を上手に渡りながら、彼女らは目的だったデザインの確認を済ませ、メモを取って帰城した。


「さあ、ここからが忙しいわよ」


 ルーサルカがメモを広げ、大公女達はそれぞれに調整を始めた。

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