337. 点と点を繋いで、面にする

「最初に兆候を見つけたのは、レライエなの」


 引き継ぐようにレライエが説明を始めた。その内容はアスタロト達の懸念を裏付けるもので、新たな実験の可能性を窺わせる不吉なものだ。


 先月、交代で側近少女達は実家に戻った。未成年であり親の庇護下にある彼女達の、いわゆる休暇だ。全員が居なくなる状態を避けるため、最初はレライエとルーサルカ、次にルーシアとシトリーが一週間前後の休みを与えられた。ちなみにイポスはこの休暇を辞退している。


 レライエが実家である竜人族の街から魔王城へ帰る途中で、ある村へ休憩に立ち寄った。彼女自身は己の強さもあり護衛は不要だと考えるが、心配性の父親が2人の竜人族の騎士をつけたため、彼らの生まれ育った土地の側を通過するならと寄ったのだ。


 小さなその村は全員が顔見知りで、親戚ばかりと言っても過言でないほど血縁者が多かった。しかし村から少し離れた小川のほとりに、見知らぬ者が住み着いたという。まれに村へ食料などを分けてもらいに来るが、それ以外の交流は一切ない。


 不審がる村人の話を聞いた騎士の一人が、両親の懸念を払拭したいと小川のほとりにある一軒家へ向かった。その家の住人は留守で会えなかったが、家の周囲には大きな蹄跡が複数残されている。まさか襲われたのでは? と今度は3人で様子を見に行った。


 結果、住人の無事は確認できたが……その家の中の様子がおかしかった。フラスコや試験管が多く並び、黒いカーテンで日差しを遮る室内は、薬草の匂いに混じって獣臭が漂う。住人は見た目に大きな特徴がなく、獣人系ではない。家畜や同居人もいないと話した彼の言葉と、部屋の状況が一致しなかった。


 その場では理由がわからず戻ったレライエだが、直後にルーサルカが「キマイラらしき魔物の目撃情報」を持ち帰った。彼女はアスタロト大公夫人の養女であるため、アデーレの実家に顔を見せていたのだ。方角は同じ、魔王城からみて北側だった。


 アスタロト大公領となる北の森で、翼ある獅子の姿が目撃された。直後に、獣の毛皮を纏った竜を見たという住人の噂が広がる。今までにない魔物の存在に、ルーサルカは疑問としてリリスやアデーレに報告した。


 2人の話の後で帰省したシトリーは、同じ鳥人族ジズの幼馴染から空飛ぶ獅子の話を聞かされた。ルーシアは方角が違ったためか、自領で不審な魔物の噂はまったくなかったという。すべての目撃情報が魔王城の北から西に集中していた。


 その直後、リリスが見つけたのはルシファーの執務机にあった報告書だった。


 獣の咆哮をあげ、獅子の鬣と曲がった山羊の角、大きな竜翼や尻尾をもつ魔物――すべての話が統合されていく。目撃者全員が嘘をついていない限り、新種の魔族かキマイラしか考えられなかった。


「なるほど……わかりました」


 少女達の観察眼と噂への敏感な反応は、女性ならではの視点だ。ベールは感心しながら頷いた。しかしアスタロトは宙を睨むように考え込んだあと、紅茶のカップを両手で包んだリリスへ向き直る。


「リリス姫はキマイラが来る予想をなさった。その理由をお伺いしたいのですが」


「いいわよ。あのキマイラが目撃された場所はすべて、地脈の吹き出し口付近だったの。私が読んだ過去の文献だと、キマイラは魔獣や魔物など知性や魔力の低い生き物を掛け合わせて作られていたわ」


「……魔力の補充、か」


「そうよ、パパ。あの子は魔力が欲しかったの、巨大な体を維持するために必要な魔力を地脈から補っていた。今夜は魔力を大量に保有する上位貴族や魔王が一か所に集まったから、きっと来ると思ったわ」


 魔王だけでなく、伯爵家以上の貴族が複数集まる――キマイラにとって最高のご馳走だった。リリスは地脈と魔王、上位貴族、自らを含めたすべてを囮にしてキマイラをおびき寄せたのだ。


「ごめんなさい。囮がないと、彼がどこにいくかわからなかったの」

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