1383. 愛の共同作業は花火でした
演目の一部なのか、判断できない魔族はのんびり構えていた。その上に落下しそうな氷の塊を、魔王はどうやって砕くか考える。
「粉砕がいいか、消滅か」
何にしろ翡翠竜は張り切り過ぎだ。苦笑いしたルシファーが手を伸ばすより早く、ルキフェルが新しい魔法陣を追加する。同族の失態を尻ぬぐいするつもりか。竜化して空に浮いた瑠璃竜王が、翡翠竜の魔力を上書きした。氷が小さく砕けて、一瞬で雪の結晶に作り直される。頭上に回る美しい魔法陣がその雪をすべて溶かした。
「うわぁああ!」
「すごかったね」
危険に気付かなかった魔族は大喜びし、レライエはほっと息をつく。瑠璃竜王にぺこぺこ頭を下げる翡翠竜が、慌てて彼女の元へ戻った。
「このっ大馬鹿者!」
ぽかんと頭を叩かれ、幸せそうに胸元に抱き着く。人に戻ったルキフェルへ頭を下げたレライエの腕の中で、翡翠竜はもう一度頭を下げた。ちょっと調子に乗ってはしゃぎ過ぎたらしい。大盤振る舞いした魔力の所為で暴走した魔法は、ルキフェルの機転で事なきを得た。
「次は私達の番よ」
ぐっと拳を握るリリスの姿に、ベルゼビュートは不安を覚える。それはアスタロトやベールも同様だった。戻ってきたルキフェルは、安全対策のための結界魔法を指先で弄り始める。こういった面で、どこまでも信用の薄い魔王妃である。
過去にリリスがやらかした事例を思いだせば、大公達が青ざめるのも無理はない。だがルシファーはにやりと笑って彼らに保証した。
「任せろ、オレが付いているからな!」
「だから不安なのですよ」
「ええ、不安しかありません」
頷きあうアスタロトとベール。後ろでベルゼビュートが諦めの溜め息を吐き、ルキフェルはにっこり笑って魔法陣を示した。
「やらかすんでしょ?」
「分かってるから、フォローは完璧だよ」
誰もが「やらかす」前提で話を進めている。むっとしたものの、だったら完璧な花火で締め括ってやろうとルシファーは気合を入れた。黒いドレスのリリスが微笑んで、白い衣装を纏う正装のルシファーに腕を絡める。
「ルキフェル、その結界はどの程度耐えられますか?」
「リリスのドカン2発までなら。それ以上は約束できない」
「それなら大丈夫でしょう。その間に我々が何とかします」
ベールやアスタロトと相談を終えたルキフェルは、いつでも展開できるよう魔法陣を複数個所に飛ばした。これで準備は完璧である。魔力が多いだけに、失敗した時の被害が大きいのだ。事前の対策は大公の仕事だろう。
目立つ花火を大公女達が譲ってくれたので、危険なのは落ちてくる雷や火の粉だった。民を守るための結界もすでに準備が終わった。後は臨機応変、その都度アスタロトやベールが動けばいい。ベルゼビュートも精霊を配置して危険に備えた。
リリスは大公女達にプレゼントされた杖を手に握り、ひとつ深呼吸をした。魔力を高める彼女のサポートのように、後ろから包み込むようにリリスを抱き締めるルシファーが同調していく。発動に必要な魔力を練るリリスに対し、魔法の形を整えた魔王は美しい魔法陣を生み出した。
ゆっくり回る魔法陣は複雑な文様と古代文字の組み合わせで出来ている。ルキフェルが「すごい」と呟くほど精緻な細工が施されていた。魔の森の木々が小さな光を胞子のように吐き出す。蛍に似た光の魔力がルシファーの魔法陣に吸い込まれた。
「ルシファー、準備できたわ」
「よし、打ち上げるとしよう」
魔法陣は人々が見上げる夜空へ広がる。魔王城周辺を覆い尽くすほど巨大な模様が、ゆっくりと上昇した。全体が見えるほど上空へ押し上げた魔法陣が、ぱっと消える。
魔王城の上に、大きな印がひとつ浮かんだ。今回のリングピローに使用されたハートマークだ。小説のお陰で知っている魔族も多く、特に女性から「ハートよ」と声が漏れた。ピンクのハートが膨らんで破裂し、様々な色のハートが空を埋め尽くす。
金、銀、青、赤、緑……周囲が昼のように明るくなり、しゃぼん玉のように消える最後のハートが弾けた。ぱらぱらと拍手が起きた会場で、杖を掲げたリリスが叫ぶ。
「どかん!」
大きな雷が落ち、上空に設置した魔法陣が黒く影を落とした。レース模様のように地面に魔法陣を焼き付け、魔の森が供給する魔力が反応する。木の枝や芝から花火が複数打ち出された。
パンっ、どんっ。音が響くたびに上空に美しい花が咲く。花火を乱打して再び明るくなった披露宴会場の魔族は、一様に明るい表情をしていた。誰もが上空を見上げ、家族や恋人と手を握り合い、声もなく見惚れる。
「リリス、頼んだぞ」
「ええ! 任せて」
勢いよく受けたリリスが、杖から大きな魔力を放つ。上空で待機する魔法陣にその魔力が当たった時、最後の仕掛けが動き出す。期待に輝く人々の上にその奇跡は起きた。
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