1384. 仕上げと行こうか

 魔の森から供給された魔力がきらきらと降り注ぐ。花火が開き、見惚れる人々は受け取った魔力に驚いた。魔獣も人型も関係なく、すべての魔族が抱擁を受ける。母親がその腕に我が子を抱いたような、どこまでも優しく幸せな時間だった。どのくらいの間続いたのか、魔王ルシファーでさえ判断できない。


 魔族の母である森からの祝福に、誰もがうっとりと目を閉じた。次に開いた目に飛び込むのは、美しい花火だ。暗い夜空を鮮やかに彩る赤や金銀、青など多色の花火が散る。


「今の……凄かったわ」


 リリスが驚いたように目を見開き、眦から一筋の涙を零した。どうやら娘である彼女にも説明していなかったのか。驚いたのと、思わぬ祝福に感激したのが重なったらしい。そんなリリスを後ろから抱き締めたまま、ルシファーは微笑んだ。


「お母さんは眠りにつくのね。少し寂しいけど、ルシファーがいるから」


 平気よと言いたかったのか。リリスの微笑みは穏やかで、涙は流れていなかった。僅かに濡れた眦に口付け、ふわりとリリスを抱き上げる。


「さあ、最後の仕上げと行こうか」


「ええ! もちろんよ」


 リリスの杖が合図を送る。魔力を練ったルシファーの魔法陣がいくつも空に舞い、複数の花火を連発した。昼間より明るいのではないかと思うほど、たくさんの花火が打ちあがる。属性を複数重ねて作り上げた花火は、見事に祭りの夜を彩った。










 華やかな時間が過ぎれば、暗闇が戻ってくる。花火の音にぼんやりしていた人々の雑談が戻り、人々が動く物音が響いた。城門でピヨやアラエルと眺めていたヤンがのっそり身を起こし、並んで挨拶に顔を出す。


「我が君、ご結婚おめでとうございます。我の代で陛下の婚礼が見られるとは、我らが始祖によい土産話が出来ましたぞ」


「祝いの席で不吉な話をするな。まだまだ長生きしてもらわねばならん。オレとリリスの子が産まれたら、子守を頼むつもりだからな」


「我に、でございますか? それはまた、光栄なこと……っ」


 感激したヤンは言葉を詰まらせ、年寄りは涙脆いとピヨに揶揄われて噛みついた。口の中に雛を咥えたまま踵を返し、慌てた様子で挨拶したアラエルが追いかける。相変わらずの3人に、ルシファーとリリスは顔を見合わせて笑った。


 ハイエルフのオレリアが一族と挨拶に訪れたのを皮切りに、魔王と魔王妃は手を取ってテーブルを回り始める。ドワーフ達に酒樽を追加し、アルラウネを撫でた。アラクネ達から小さなプレゼントをもらい、エルフから花束を受け取る。


 行く先々で注がれる杯を空けるルシファーの顔から笑みが消えることはなく、リリスは各種族の子ども達と挨拶しながら思わぬ発言をした。


「ねえ、いつ子どもが出来るかしら。私、早い方がいいわ」


「ぶっ!」


 飲みかけの酒を噴いたルシファーを、周囲が囃し立てる。


「「「魔王様のお子、楽しみですな」」」


「ええ、早く朗報を聞きたいものです」


「子守は大変だと思いますよ」


「そこはほら、乳母を雇えばいいでしょう」


「可愛いお子が産まれるでしょうね」


「泣くたびに城が傾きそうですぞ」


 好き勝手に騒ぐ周囲にあたふたする魔王と、腕にぶら下がって笑い続けるリリス。着飾っていても、澄ましていても、結局彼らの本質は何も変わらない。互いを慈しみ、愛し合い、尊重する。幸せは絵に描いたように、そこにあった。

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