1131. ハーブの落とし穴

 治癒用の魔法陣を使おうとして、シトリーがストップをかけた。


「待って! 陣痛なら治癒しちゃダメよ」


 陣痛の痛みを消してしまえば、子供が生まれなくなる。親戚の出産時を思い出しながら忠告した。手に浮かべた魔法陣を消して、ルーサルカが唸る。苦しそうだから楽にしてあげたいが、もし子供に悪影響があるなら手を出さない方が正解だった。


 難しい判断に混乱する大公女をよそに、リリスが最高の手を打った。


「ルシファー、アシュタ、ベルちゃん、ロキちゃん……助けてっ!」


 まさかの魔王と大公の召喚だ。真っ先に飛び込んだルシファーが「何があった?」とリリスの無事を確認し始める。その隣に飛んできたアスタロトは状況を確認し、青ざめたルーサルカの元に駆け寄った。状況を冷静に把握しようとするベールをよそに、ルキフェルが動く。


「具合が悪いの? どうして治癒を」


「出産かも知れません!」


 慌ててシトリーが声を上げる。パニックのイザヤはアンナを抱き上げたまま、動けず青ざめるばかりだった。


「……あ、わかった。うん……陣痛の時期?」


 そんなに腹部が大きくなってないけど、人族の出産はよく分からないな。ルキフェルの脳裏をよぎった記憶は、かつて冒険者と名乗る若者と一緒にいた妊婦の姿だった。あれは驚くほど腹が膨らんでいた。何か寄生したんじゃないかと心配になったくらいだ。それに比べると、アンナの腹部はやや膨らんでいるものの、慎ましいと表現できるほど小ぶりだった。


「それが……まだ5ヵ月はあるはずで」


 生まれるまで10ヵ月前後という話を聞いたルキフェルは、魔力を使って診断を始めた。胎児に影響が出ないよう、魔力を最小限に絞ることも忘れない。上から下まで検査した結果に、ルキフェルはほっとして表情を和らげた。


「陣痛じゃないよ。たぶん……ハーブティを飲んだでしょ」


 用意してるカップを見つめ、味見用に口をつけたカップを示した。頷く大公女の反応に、やっぱりと呟く。それから躊躇いなく治癒魔法陣を使用した。妊婦にも胎児にも問題ないと判断したのだろう。


「何かあるのか?」


「えっと……折角だから大公女やルシファーも覚えておくといいよ」


 摘まれたミントの葉をかき分け、右と左にハーブを分けていく。右側はミントだが、左側は少し細く表面がざらつく葉だった。混ぜてしまうと区別がつきづらい。


「右は問題ないけど、左側は妊婦が飲んじゃいけないハーブだ」


 リリスが左の葉を1枚持ち上げて匂いを確かめた。すっとするミントの清涼感はない。だが料理に使われるらしく、匂いに覚えがあった。


「お肉料理に使ってるハーブだ」


 レライエが気づいて指摘した。


「うん、セージじゃないかな。薬効のあるハーブだし、お茶にしても飲めるけど……妊婦は危険だ」


 ジンジャーなどの刺激が強い物も好ましくない。大量に読み漁った際に覚えた知識を披露しながら、ルキフェルは痛みから解放されたアンナに、ハーブティ禁止を申し渡した。大切な我が子に関わる話なので、アンナもすぐに頷く。


 苦しみに呻く間に浮かんだ汗を、イザヤが丁寧に拭った。


「よかった。ありがとうございました、ルキフェル大公閣下」


「ルキフェルでいいよ」


 ぶっきらぼうながら、イザヤの実力や働きぶりを評価しているルキフェルは、肩書不要と口にした。


「飲んではいけないハーブがあるとは……」


 リリスもハーブティが好きだ。妊婦になる未来を想像すると顔が赤くなるが、その時にうっかり飲ませる可能性があった。すでに2人も育てたアデーレにしっかり管理してもらおう。ルシファーの決意を知らず、リリスはにこにこと笑って爆弾を投下する。


「妊娠してなければ飲んでいいんでしょう? なら平気ね」


 ……将来、魔王の子を産む魔王妃の発言としてどうでしょう。そんなアスタロトの心境は、この場のほぼ全員が共有するものだった。

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