1132. 子育てに最高の環境を
魔族の産休は個人の申告で長さが変わる。妊娠期間も出産後の大変さも異なる種族ばかりなのだ。魔王城も当然、そのルールに則っていた。
「アンナはもう産休に入ったほうがいいな。申請は通しておく」
ルシファーが言った言葉に、イザヤは驚いた。日本なら考えられない厚遇だ。産休中の給与は全額支給だった。その理由を上司に尋ねたところ、逆にきょとんとした顔で「給与減らされたら、どうやって生活するんだ」と言われた。
魔族にとって子供が産まれることは、人生最高の慶事なのだ。結婚した最愛の相手との子供は、次世代へと血を繋ぐだけではない。魔の森からの授かり者だった。大切に育てるのが当たり前で、孤児を見つけたらこぞって拾う魔族は、育児も重要視している。
産休に入った者がもらう給与は支払われて当然であり、子供を育てる作業の大変さを知る者は手伝いを申し出る程だった。この世界で妊娠出産するのは、日本より恵まれた環境での子育てを意味するのだ。
「よろしくお願いします」
申請を受理する上司がすべて揃った状況で、一番地位の高い魔王ルシファーからの提案に、誰も反対はなかった。先ほどの流産かと思われた騒動の影響もあり、休んで子供を産むことを優先させる空気が生まれている。
「私、手伝いに通うわ」
「おやめください」
「危険です」
リリスの申し出は、大公女達に一刀両断される。通常なら「魔王妃が外に出るなんて」という意味だが、リリスだと「妊婦のアンナが危険な目に遭う」に置き換えられた。ぷくっと頬を膨らませたリリスを、笑いながらルシファーが宥める。
「お手伝いがしたいなら、毎日の買い物を手伝ってやるといい。それならばヤンやイポスも手伝えるし、皆んなで役に立てるだろう」
「わかったわ!」
嬉しそうに妥協案に飛びついたリリスに、さすがに周囲は口を噤んだ。出来たら騒動を起こさないよう、城で大人しくしていて欲しい。だが多少の騒ぎは街の賑わいのひとつ、やる気があるのに閉じ込めるのは可哀想と考える面もあった。
「さて、問題があるとすれば……リリスの性教育を誰に頼むかだ」
休んだアンナに頼むのは危険だし、筋違いだ。考え込んだルシファーの横で、アスタロトが肩をすくめた。
「問題ありませんよ。アデーレに頼みましょう」
侍女長であり、2人の子の母だ。一番ふさわしいかも知れない。違う意味で多少心配ではあるが。
「大丈夫か?」
「過激な内容は控えるよう伝えます」
あまり生々しい夫婦生活を語られるのも困る。アスタロトとルシファー共通の悩みだった。リリスは明日からのお手伝いを想像して、何やら楽しそうだ。
「買ってきて欲しい物を書き出してくれる?」
早速アンナにお願いしに行った。大公女達が両脇を固める状態ならば、大きなトラブルは起きないはず。イポスもさり気なく間に入れる位置に陣取り、ヤンは後ろからいつでもリリスを引き離せるよう控えた。完璧な布陣を横目に、ベールとルキフェルは手を振って魔王城へ戻る。転移する彼らを見送り、ふとルシファーが呟いた。
「そういえば、城にはベルゼが残っていたのか?」
「いえ……そういえば誰もいませんでしたね」
魔王か大公の誰かが残る――数千年守り続けたルールは、リリスの叫びひとつで破られたらしい。今後の課題にしよう。このタイミングで何も起きなかったことに感謝すべきだ。アスタロトも珍しく反省したこの僅かな時間で、実は事件が起きていたことを知るのは……城に戻ってすぐだった。
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