1082. だからピンクなの
溢れた湯のせいで汚れた風呂を掃除し、アスタロトに合格をもらう。それから温泉の湯量を再調整し、温度も快適なのを確認した。
「出来たぞ」
「お疲れ様でした。こちらで休憩をどうぞ」
浄化した露天風呂を見回したアスタロトは、空き部屋だった着替え部屋の隣へ誘った。怖いが逃げるとさらに恐ろしい目に遭うことを、経験上知っている。素直に従うと、冷たいお茶が出された。
「うまいな、これ」
「カカオの木の脇に生えてきた、新しい特産品を利用したそうです」
温泉街へ降りた際、手のひらに余るサイズの酸っぱい柑橘を見つけた。初めて見る物に興味を示したところ、地元では甘く煮てジャムにしたという。使い方は料理の甘味代わりから、そのままパンやヨーグルトにかける。または冷たいお茶に溶かすらしい。他にも使い方は模索している最中だった。
デカラビア子爵家は即位記念祭に売り出したかったのだが、間に合わなかったので地元で消費していた。最近では皮を一緒にジャムにする方法が人気で、2年後を目処に販売予定だという。
「素晴らしい。デカラビア子爵家は爵位をひとつあげるべきか」
伯爵家に相当する功績だ。自分の領地で栽培できる上、柑橘なので果物として食料になる。今回の食糧危機により、魔王城では新しい食材や食べ方の開発に力を入れる方針を打ち出したばかりだった。領地内での自給率を上げる施策に、協力も表明している。
他の貴族にハッパをかける意味でも、これは有効に活用しよう。リリスが隣で「美味しいわね」と太鼓判を押した。魔王と魔王妃が褒めた実績は、かなり大きい。
風呂掃除を手伝わせるのは気が引けると、リリスはお湯の温度を確認する係を仰せつかっていた。手伝いたがる彼女は現在、魔力が使えない。魔王のそばが一番安心、と満場一致で見守った。そのため彼女はほとんど動いていない。
お茶を淹れたのはシトリーだ。鳥人族はエルフと一緒で森の恵みに詳しい。数多いお茶の中から、最適と思う組み合わせを作った。デカラビア子爵の息子の婚約者として、面目躍如の大活躍だ。
「露天風呂も直ったようですし、大公女達が先に入ってください。まだ私は仕事がありますので」
女性優先と言い放ち、アスタロトは柑橘の情報を報告書の形でまとめ始めた。隣で覗き込むルシファーが、いくつか案を追加していく。報告書が纏まったところで、アスタロトは周囲を見回した。
大公女シトリーとレライエは入浴中、それぞれの婚約者は部屋に引き上げている。アラエルやピヨも外出していた。足元のヤンは問題ないだろう。
「鳳凰の雛の件です」
声を顰めたが、フェンリルであるヤンの耳がこちらを向いていた。結界で締め出すこともあるまい。母親代わりとして心配する彼に聞かせられない話なら、アスタロトは場を移したはずだ。
「現時点でピヨの親が名乗り出ていません。その上、鸞は数百年前に絶えています。突然変異で亜種なので、鳳凰から産まれるのはおかしくありませんが……同じ現象が再び起きるのは妙です」
今回の雛も親が名乗り出ていない。鳳凰は親子の絆が強く、また種族間での情報や意思の疎通も積極的だった。卵を産めば、同族が駆けつけて祝福し、卵の雛が大きくなるまで一緒に守るのが普通だ。そのため彼らは火口に集まって暮らしているのだから。
燃えたぎる炎が踊る環境は、同時に他の生き物から卵と雛を守る結界でもあった。そこから出て、同族に黙って卵を産む必要があるのか。それも2回続けて。
「おかしいな」
アスタロトがこの話を持ち出す理由のひとつに、行方不明になった鳳凰がいないことをある。唸る魔王と側近の隣で、二杯目のお茶を飲み干したリリスが小首を傾げた。
「あら、ピヨも雛も鳳凰と別種族の子よ。だから魔力がピンクなんだもの」
さらりと告げられた内容に、2人は驚いて顔を見合わせた。
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