19章 神獣は番を突き落とす

240. 魔王城の城門への攻撃

 魔王城の改築を兼ねた復興事業は、地方の経済活動を活発化させるのに一役買っているらしい。それらの利点を考えると、定期的な公共事業を行うのも執政者の役目だろう。


 竜の街を出て、暮れ始めた空を飛びながら眼下の光景に目を細めた。民の暮らしが上向いたのは、よい傾向だ。


 予定通り街での買い食いはしたし、リリスに群がる羽虫のような小ドラゴンの駆除も終えた。リリスがくれた小さな花束は、きっちり隔離して封印の中で保管している。サタナキア公爵令嬢イポスを愛娘の専属騎士として得た、という副産物もあった。


 今回の視察で得た様々な成果に満足したルシファーは、腕の中ですやすや眠るリリスを見つめる。空の旅は冷えるので、しっかり包んだリリスは毛布に埋もれていた。可愛い寝顔に癒される。


 こうしていると、赤子の頃を思い出す。世話の仕方ひとつ知らなかったルシファーが、ここまで育てるとは誰も想像出来なかっただろう。


「陛下、報告があります」


 影から生まれるように、暗闇から現れたアスタロトが声をかける。彼が陛下と呼称するのは、仕事で魔王であるルシファーを必要とする場合のみだ。普段はルシファー様と呼ぶのだから。


「急ぎか?」


「はい」


 長い付き合いだ。この声と表情で状況を察した。何か魔王としての判断を仰ぐような事態が起きている。


「……戻るぞ」


 空中に転移魔法陣を描いた。もう少し視察を楽しめると思っていたが、トラブルなら仕方ない。先に闇に溶け込んだ側近を追う形で、魔王城の中庭に転移した。








 雲母の入った銀龍石が転がる中庭に、ベール達大公が揃っている。転移したルシファーへ一斉に礼をとった。


「何があった?」


「城の門が攻撃され、鳳凰のヒナが拐われました」


「ピヨが?」


 刷り込み現象インプリティングでヤンを親だと思い込んだ青い鳳凰の子だ。確かに最近見かけなかったが、燃えて再生した後はヤンを追いかける頻度も減ったと聞いていた。ヤンの仕事場である城門に住み着いたはずだが。


「犯人はわかっているのか」


「鳳凰です」


 意味を捉えかねて、内容を反芻はんすうする。鳳凰のヒナが鳳凰に連れ去られた?  それは誘拐なのか。


「なんだ、親が迎えに来たのか」


 良かったと言いかけたところで、ベールが遮った。青い瞳がいつになく鋭い。


「親の迎えではなく誘拐です。ピヨは襲われ必死に抵抗しましたが、連れ去られました。報告では、大きな傷を負っています。鳳凰の攻撃を受けたヤンも重傷でした」


「ヤンが……」


 城門にいるヤンが応戦したのは当然だった。魔王城の入り口で魔族が暴れたのだから、咄嗟に応戦する。ましてや懐いていたヒナを攻撃されれば、役目を抜きにしても戦うだろう。


 しかし灰色魔狼フェンリルが戦う相手として、空を飛ぶ種族は相性が悪い。頭上から一方的に攻撃できる鳳凰に、彼は不利な防戦を強いられたはずだ。


「ヤンの傷は?」


 ルシファーの問いかけに、アスタロトは落ち着いた声で応じた。


「治癒が間に合いました。あと少し遅れていたら手遅れになるところでした。暴れるので、今は隔離し拘束しています」


 ヒナの親代わりを務めるヤンは、誘拐されたピヨを助けに行こうと暴れたのだ。治癒をしても失われた血と魔力はしばらく回復しない。アスタロトによる影を縛る拘束で、ヤンは動けなくされていた。


「あたくしが気づいて駆けつけたときには、遅かったの」


 申し訳なさそうに、ベルゼビュートが唇を噛む。ベールの隣に立つルキフェルが、呟いた。


「僕も感知出来なかったんだ」


 それぞれに己を責める配下に、ルシファーは溜め息をついた。腕の中のリリスが眠っていることに感謝する。こんな話は聞かせたくない。


「ぐずぐず悩んでる暇があるなら、ピヨと鳳凰を探せ! これは最優先だ」


 命令として告げることで、大公達を自由にしてやる。


「「「「はっ」」」」


 武器を手に飛び出すベルゼビュート、ルキフェルは城門へ走った。残された痕跡から情報を集めるのは、分析の得意なルキフェルの仕事だ。ベールは魔物狩りに出た軍の一部を情報収集に使うため、執務室へ戻った。


 残ったアスタロトの案内で、ルシファーは城門へ向かう。転移したため通過しなかった門は焼け焦げ、周囲も炎が燻っていた。


 煙と焼け焦げた臭いが漂う城門前に、小山のような毛皮が蹲る。その背中は大きく焼けただれ、尻尾の先も焦げていた。


「ヤン」


 声をかけると、影を縛られたフェンリルはびくりと震えた。

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