546. 犯人の処分はお任せを
「お呼びですか?」
「お待たせいたしました、ルシファー様」
即座に反応してくれたのは嬉しいが……ベルゼビュートの姿に溜め息をついてしまう。髪にカーラーが巻きっぱなしだ。どうやら部屋で髪を巻いている最中だったらしい。以前にルキフェルに巻き髪用の魔法陣を作ってもらったが、魔力の込め方に失敗して爆発したため、今でも手作業なのだ。
「ベルゼビュート、その恰好はさすがに……」
顔をしかめたアスタロトが淡々と説教を始めようとしたが、先にリリスが叫んでいた。
「アシュタ! 早く!!」
「ああ、説教は後だ。幻獣の子が攫われた」
端的に状況を説明したルシファーの腕の中で、リリスが大興奮で手を振り回す。その指先に触れるシルフから情報を得た幼女は、くしゃりと顔を歪めた。
「痛いって、その子、痛いって言ってる」
攫われた幻獣がケガをしたと聞き、アスタロトの表情が厳しくなった。何かを探るように視線を泳がせ、すぐに音のない指笛を鳴らす。夕暮れ近づく空を舞うコウモリが数匹舞い降りた。彼らに何かを伝えると再び空に放つ。
「陛下、犯人の
お伺いでなく断定を行ったアスタロトの態度に、ルシファーは額を押さえた。どうやら酷い状態になっているらしい。頷いたルシファーへ一礼し、アスタロトは転移した。剣を手にしたベルゼビュートもシルフから得た情報に唇を噛みしめ、無言で頭を下げて風に乗る。
あっという間に姿を消した2人の様子からして、捕まった幻獣の子は急を要する状況下だろう。シルフが伝えた情報もケガを匂わせるものだった。ちらりと視線を向けると、腕の中の幼女は長くなった黒髪を揺らして首をかしげる。
「パパは行かないの?」
「……リリスはどうしたい?」
愛し子の赤い瞳に、醜い物や汚い物は見せたくない。彼女のトラウマを抉るような行為がないとも限らない。だから決断できなくて迷った。
「リリスは行くよ」
「わかった。一緒に行こう」
もしケガをしているなら、急いで治癒する必要がある。魔王という最上の地位に立つ者として、責任は果たさねばならなかった。人族が再び魔族に牙を剥き、大切な民を傷つけたなら――相応の罰を与えるのがルシファーの役目だ。
覚悟を決めて転移した。
アスタロトの魔力を
吸い込むことを
「パパ、あっち」
指差した先に、ベルゼビュートに保護された幻獣の子がいた。複数いる子供達は、怯えて蹲っている。
「下ろして、パパ、リリスおりるから」
じたばたと手足を動かすリリスを赤い大地に下ろし、繋いだ手を引っ張られて移動する。幻獣の子は3匹だった。神獣も混じっている。フェンリル、ペガサス、ユルルングルだろう。
大型犬サイズの子狼は、リリス達が近づくと尻尾を振った。先日、父であるセーレと一緒に顔を合わせた記憶がある。警戒心が薄かった。
「この子、ヤンの子供の子供?」
きゃん! 大きな声を上げて尻尾を振る。しかし愛らしい彼の片耳は千切れかけ、背中には矢の痕があった。毛で見えないが、後ろ足は血に濡れて引きずっている。痛々しい姿ながら、フェンリルの子は尻尾を止めなかった。
蹲って動かないペガサスの子は、翼の付け根にまだ矢が残っている。よく見れば、前足は2本とも切られた傷があった。あれでは逃げられず、さぞ怖い思いをしただろう。
まだ幼い子を傷つける者に、どんな理由があるか知らない。幻獣は薬や儀式に使われたり、監禁され飼われたこともあった。悲惨な歴史を思い出し、眉をひそめる。
何があろうと、どんな理由を振りかざしても、幼子を親から引き離して傷つける権利は、誰にもなかった。アスタロトの残忍な行為は、この現状をみた魔族ならば同意して容認される。一方的な殺戮であろうと、人族は同じことを無力な子供達に強いたのだから。
「だめよ、動いては傷が広がるわ」
先にユルルングルの子を治していたベルゼビュートが、セーレの子を叱る。幻獣や神獣は治癒魔法が効きにくい特性があった。鳳凰もそうだが、他者の魔力を跳ね返す性質を持つので、ゆっくり魔力を馴染ませる必要があるのだ。
傷のひどい子から手をつけたと思われるベルゼビュートは、手の下でぐったり動かない虹蛇の子に魔力を注ぐ。
「手伝おう」
「お願いしますわ。一度に全部は手が回らなくて」
苦笑いのベルゼビュートだが、手元の虹蛇は回復し始めたのか、頭をもたげて舌をちらちら見せ始めた。魔法陣を弾かれる可能性を考慮し、高密度の治癒魔法を使う。周囲が銀色に光り、じわりと温かくなった。
「パパ、治せる?」
「ああ、みんな元通りになるぞ」
約束した通り、傷を癒していく。ベルゼビュートが虹蛇から手を離した。フェンリルの耳が繋がり、さらに大きく尻尾が振られる。矢が抜けたペガサスが立ち上がった。
「こんなものか」
ほぼ治癒が終わった時点で魔力を散らす。すると手を繋いだリリスが、ぐいとルシファーを引っ張った。
「まだよ、パパ。こっち」
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