129. 屋台の食べ物はべたべたです

 即位記念祭――数えるのも面倒になるほど繰り返されるお祭は、10年に一度の大イベントだった。城下町ダークプレイスの住人はもちろん、各地の様々な種族が一斉に集まる。魔王城も半分ほど解放され、普段は入れない城門内の中庭もにぎわっていた。


「ルシファー様の居場所を知らないか?」


「陛下でしたら、さきほど城門でお見かけしましたわ」


 侍女のアデーレの発言に、慌ててアスタロトが走り出す。転移を制限する魔法陣のせいで、人族のように自力で移動しなくてはならない。焦った彼の背中を見送るアデーレが「珍しいこと」と呟いた。


 アスタロトが必死にルシファーを探している理由は、もうすぐ挨拶が始まるからだ。部屋で待機するよう手配したのに、侍従のベリアルが目を離した隙に消えてしまった。


 多少の時間調整は可能だが、早く見つけなければ……慌てる側近の苦労を他所に、ルシファーはリリスを連れて縁日を覗いていた。城門前に並んだ屋台で、りんご飴を購入する。


 翼を隠しても真っ白な外見で正体がバレる魔王だが、そこはダークプレイスの住人達。そ知らぬフリで見逃してくれた。穏やかな笑みを浮かべて、リリスが強請るままに屋台を冷やかすルシファーの姿に、誰もが今後10年の安泰を願う。


 かつて混沌とした争いばかりの時代があったため、魔族にとって魔王は平和の象徴だった。力を信奉する魔族にあって、最強の純白の魔王はりんご飴片手に新しい店をのぞく。


 齧ったりんご飴の残りをルシファーに押し付けたリリスは、仕立てたばかりの桜色のドレスを纏っていた。汚さないように白いエプロンをかけているのは、苦労性のベリアルのアイディアだ。


「パパ、これも」


「何色の袋がいいんだ?」


「ピンク!」


 ピンクの袋に入った綿飴を受け取り、嬉しそうに頬を緩める幼女は無造作に手を袋に突っ込んだ。棒を掴んで引っ張り出し、嬉しくて振り回す。


「見つけましたよ!!」


 叫んで走ってきたアスタロトは軽く息を切らしている。おそらく全力で走ったのだろう。乱れた淡い金髪を掻き上げ、ルシファーの右手首を掴んだ。左腕はリリスを抱いているし、右手はりんご飴を持っている。逃げ場を奪われたルシファーは首をかしげた。


「何をそんなに急いで……」


「挨拶が始まりますっ!」


「え? だってあと1時間あるって」


「誰が?」


「……ベルゼだったかな」


 ピンクの巻き毛を気に入ったリリスの要望で、一緒にお茶を飲んでいた時に聞いたのだ。あと1時間ほど空いているから、城門前の屋台を冷やかしたらどうか……と。


 がくりと肩を落としたアスタロトに引っ張られて歩きながら、ルシファーは記憶を手繰る。確かに聞いた。間違いない。オレは悪くないぞ。そんな魔王は側近に引きずられて城内へ戻った。


「ベルゼは半殺しにするとして、あと10分で挨拶です。毎回使用していた塔が崩壊してテラスが使えないので、今回は中庭の奥に臨時のテラスを造ってあります」


 人並みを器用にすり抜けるアスタロトに誘導されるルシファーは「そうか」と頷く。確かにリリス2度目の魔力暴走において、再建した塔が折れて落ちた。即位記念祭のために急ぎで建てた塔を再建するには時間が足りず、今回は木製のやぐらを組んだのだ。


 見えてきた櫓の上で、ベールがうろうろ歩き回っていた。裏側の階段を上がると、珍しく銀髪を結ったベールが駆け寄る。


「陛下、何をして……っ! 髪!!」


 叫ばれて首をかしげようとしたルシファーの髪を、ベールが掴んだ。純白の髪は歩く間にりんご飴に張り付き赤い色がつき、リリスが振り回した綿飴に絡まっていた。長すぎて動きに支障がなかったルシファーはまったく気付いていない。


「どうした?」


「ベリアル、すぐに洗浄を!」


「はい」


 当人を置き去りに、周囲が慌てて身なりを整えなおす。艶のある漆黒の衣装についた飴を拭い、魔法で乾かし、髪を丁寧に梳いていく。状況がようやく理解できたルシファーは苦笑いして、されるがままになった。


「リリス。お菓子は後にしようか」


 彼女を抱いて挨拶するルシファーの提案に、リリスは勢いよく答えた。


「いやぁ!」

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