130. 魔王の晴れ舞台は矢の雨

 まさかの、ここにきての「イヤイヤ」発動にベールが溜め息をつく。苦笑いのアスタロトがお菓子を受け取ろうとするが、リリスは絶賛イヤイヤ期だった。挨拶の時間は近づいており、リリスを置いていく選択肢もない。


「いやっ、やあっ! 取らないで」


 今回は彼女のお披露目も兼ねているのだ。抱いていく予定で、ひらひらふりふりのドレスにしたため、彼女が自分で歩ける状態ではなかった。靴も飾り重視で、実用性は皆無だ。


 少し考えたルシファーがにやりと笑った。


「リリス、お菓子預ける?」


「いやっ」


「すぐ食べちゃう?」


「いやっ」


 これで準備が整った。くるっと指先で輪を描いて、リリスが持っている綿菓子とりんご飴に結界を張った。周囲を風船状態の結界で囲ったため、あちこち触れる心配がない。


「いやっ、いやぁ!!」


 これも嫌だと叫んだリリスの赤い唇に指を当てて「しーっ」と声を止める。きょとんとして黙ったリリスの黒髪を撫でて、ルシファーが微笑んだ。


「すぐ食べないで持ってるじゃないか。リリスが思うとおりにしたぞ」


 絶世の美貌によるタラシこみは、幼女でもある程度効力を発揮した。膨らませて不満を示すほっぺを指でつつくと、ぷすっと空気が抜ける。


 少し考えていたリリスが右手の綿飴と、左手のりんご飴を見つめる。じっと待つアスタロトの手へ、りんご飴を渡した。


「こっち、あげる」


 貰っても……と心の中では思うが、にっこり笑って「ありがとうございます」と微笑む側近は優秀だ。綿飴は渡す気がないらしい。勢いよく左右に振っている。食べ物だと思っていない可能性が高い娘の頬にキスをして、よくできましたと褒めておく。


「こちらをお持ちください」


 リリスの杖とマントを手早く用意し、ベールの手で装着された。


「パパ、これいや」


「ええ? すごく可愛いのに! じゃあ外そうか」


「いやっ」


 上手にあやしながら、ルシファーは自らもマントを羽織る。深紅のマントに白い髪が映えて美しかった。


 テラスに魔王が姿を見せると、途端に国民達が沸き立つ。いつも通りテラスの下は魔族が犇いていた。見渡す限り、角や鱗、羽、毛皮や獣耳が広がる。多種多様、数え切れない種族の集まりに頬を緩んでいった。


 この景色が好きだった。


 ルシファーにとって、人族は特徴がない種族という括りに過ぎない。しかし人族は自分達にない特徴をもつ種族と敵対してきた。愚かな考えだと思う。獣耳も尻尾も、鱗であっても……それは彼らの先祖が選んだ生きるための形なのだ。


 さすがに水の中で生きる魚尻尾を持つ種族は、魔法で足を作って地上に上がる必要があるが、それ以外の種族はそれぞれの特徴を誇るように見せていた。


 彼らを守る役目が『魔王』という肩書きなら、それを務める己を誇らしく思う。


「集まった魔族達よ。余の即位記念を祝う同胞達よ」


 呼びかけて湧き上がる彼らに祝いの礼を告げようとしたルシファーは、驚きに目を瞠る。城の外から大量に射掛けられた矢が、人々の上に降り注いだ。眉をひそめたルシファーの背に翼が2枚現れる。一瞬で展開された結界がすべての矢を防ぎきった。


「ちっ……またか」


 やじりに魔法記号が記されていたらしく、火や氷の魔法が光っては消える。明らかに殺傷を目的とした矢に、最初に妖精族が動いた。彼と彼女らは普段から持ち歩く弓に矢をつがえ、反撃の姿勢を整える。


「陛下、結界を抜ける許可を」


「ならぬ」


 妖精族の張り上げた声に否を返す。この結界を変更して矢を内側から射掛けることは難しくなかった。だが敵の居場所が見えない状況で打った矢が、万が一にも城外にいる魔族に当たらないとも限らない。それなら自ら出向いて敵を排除する方法を選ぶ。


「陛下、ご自重を」


「余は魔王ぞ。余が動かずして、誰が我が民を護るのか」


 言い切ったルシファーの背にもう1対、全部で4枚の羽が出現した。腕の中でリリスが綿飴を振りながら、愛らしく笑う。楽しそうな娘の黒髪にキスを落とし、テラスから飛び出した。


「ベール、ベルゼビュート。あとを任せます」


 コウモリの羽を広げたアスタロトが慌ただしく後を追い、残されたベールが苦笑いする。いつもながら騒がしい祭となった。人族や魔物の襲撃は、即位記念祭を彩るスパイスのひとつだ。慣れるほど襲われてきた彼らが、何も対策を練っていないわけもなく……くすくす笑うベールは銀髪を結い上げた簪を揺らした。


「ルキフェルがもう片付けた後だと思いますがね」

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