1309. 危険を察知する能力は高い

「陛下は謎解きをすっかりお忘れのようですが……」


 執務室で処理を終えた書類を積み重ね、丁寧に分類したベールがぼやく。一緒に署名を手伝ったルキフェルが、げらげら笑いだした。


「あはっ、あれは完全に忘れてるよ。殺害予告なんて、あの人にしたら日常だもん」


 かつて勇者やら人族の都から嫌がらせのように、殺害予告をされ続けた立場を考えれば納得できる。見知らぬ者が書いた手紙一枚、記憶にすら残らないだろう。名乗りもしない無礼者の文章であっても、リリス宛と分かった途端にキレたが。


「そっちの謎は僕らで解くしかないと思う」


「仕方ありません。サタナキアが留守にする間、別の部隊を呼び寄せて調査させましょうか」


「僕はベールと動きたいな」


 普段は研究所に籠ることを優先する養い子の発言に、ベールの機嫌は急上昇する。血圧も危険なくらい上がっただろう。青い瞳を輝かせて頷いた。


「ええ、私もルキフェルと調査出来れば最高です」


「うん、頑張ろう」


 忘れてるルシファーに答えを突きつけてやる! よく分からない闘志を燃やすルキフェルの水色の髪を撫でながら、ベールは口元を緩めた。


「ではそちらはお任せしますよ。私は人族が落ちてくる迷惑な穴を塞ぐ手段を考えますから」


 にやりと笑う吸血鬼王の残虐さを隠さない様子は、慣れていても背筋が凍る。ルキフェルは自分の周囲に無意識に結界を張り、さり気なくベールを一緒に守った。気づいたベールはルキフェルの心遣いに笑みを深める。カオスな状況を破ったのは、空気を読まない青い鳥だった。


「ママいるぅ?」


「いません!」


 窓を突き破って乱入したピヨを摘まみ、ぽいっと外へ捨てる。すっと窓の下を横切ったアラエルが拾い、謝罪しながら飛んで行った。番の面倒くらいちゃんと見て欲しいですね。恐ろしい笑顔でぼそっと追撃され、アラエルは全力で逃げた。強者分類の鳳凰といえど、絶対に勝てない相手に立ち向かう蛮勇はない。


 必死で魔王城脱出を図る休暇中のアラエルを見上げながら、ルシファーは転移の準備をしていた。リリスの今日の装いは、キュロットにブラウスだ。軽装がいいと主張したので、膝丈のキュロットだった。上に巻きスカート部分があるため、一見するとスカートである。ブラウスは白に赤いリボンを、キュロットはピンクを採用した。靴下をレースのクリーム色にして膝まで覆う。


 黒い靴は先端が丸く、足首部分でストラップで留める形状だった。歩きやすく、躓きにくい。あれこれ褒めたり宥めたりしながらヒールを諦めさせた、ルシファーの努力の賜物だった。


「アラエルはどうしたんだ?」


「ピヨもいたわ」


 顔を見合わせて、今鳳凰が飛び立った部屋の位置を確認する。テラスに立つ金髪の青年に顔を引き攣らせた。どうやら怒らせてはいけない人に、ピヨがケンカを売ったらしい。アラエルが自らそんな愚行をするとは考えられず、原因はピヨだと頷き合う。


「さっさと出かけよう」(巻き込まれないうちに)


「そうね、急ぎましょう」(危険だわ)


 互いの言葉に重なる副音声に苦笑するサタナキアが指揮する5人とヤン、イポス。護衛は全員揃っている。ルシファーはすぐに転移魔法陣を描いた。ぱちんと指を鳴らして飛ぶ。


 海辺にある人族の集落が見渡せる山の中腹で、予想外の先客に眉を寄せた。


「なんでベルゼがいるんだ?」


「あらほんと、姉さんたら何をしてるのかしら」


 崖になった地点から見下ろす地上の人族は、爪の先ほどの大きさだ。通常なら判別つかないサイズだが、あのピンクの巻毛は間違いない。あの色をもつのは精霊女王のみなのだから。見慣れた色を見間違えたことはない。


「ひとまず、降りてみるか」


 状況が分からないのに議論しても始まらない。リリスとしっかり手を繋いで、護衛を連れた魔王はベルゼビュートを終点に転移した。

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