1308. 考えるほど絡まる

 苦笑いしたベールが護衛を手配することになり、ルキフェルはついでに研究材料の深海水などをリストアップした。


「これを採取してきて」


「転送するから受ける入れ物を用意してくれ」


 慣れているルシファーの指示に、ルキフェルが用意できていると返答する。頭を抱えて唸っていたアスタロトも、ようやく諦めた。これは何を言っても出かける気だ。それなら護衛をつけて監視しながら、魔王の行動を制御した方が安心できるだろう。


「わかりました。護衛はヤン、イポス、サタナキアの部隊もつけますからね」


「多過ぎないか? い、いや、まったく問題ないぞ」


 単独行動を好み、ふらふらと出歩くタイプの魔王は妥協した。反論したら城から出られなくなる。それではリリスが泣くだろう。出発は明日の早朝に決まり、魔王軍の精鋭部隊のひとつに、招集命令が下された。


 イポスとヤンは慣れているので、特に聞き返すこともなく承諾の返答をする。リリスとルシファーの二人に付き合っていれば、嫌でも慣れてしまうものだ。


「楽しみね、ルシファー」


「そうだな」


 機嫌よく自室に引き上げる魔王とお姫様を見送り、アスタロトとベールは別の会議を始めた。先日手配したあれこれが、ルシファーの目に留まらないよう隠す必要があるのだ。魔王城で大人しくしていてくれたら問題ないのに、舌打ちするアスタロトだが決定は決定だ。


「一時的に影の中に収納しましょう」


「助かります。動かせない物はこちらで幻影を掛けておきます」


「お願いします」


 すんなりと打ち合わせを終え、二人も解散した。




「何を着ていこうかしら。ルシファーも一緒に選んで」


「この黄色いワンピースはどうだ? 可愛いぞ」


「派手じゃないかしら」


「森の緑とも海の青とも相性がいいし、少しオレンジがかってるから落ち着いた感じもある。翡翠のブローチか髪飾りを付けたら、似合うと思うが」


 ルシファーの提案に、髪飾りやブローチを取り出して服の上に並べる。黒髪のリリスが明るい色を纏うと、引き締まってバランスがいい。十年以上見立ててきたルシファーは自分の目に自信があった。


「これにするわ」


「よし。それじゃあ夜は早く寝ようか」


 明日の朝起きられないと大変だ。食事も早めに済ませ、入浴してベッドに横たわる。リリスを寝かしつけたところで、ルシファーが溜め息を吐いた。


「眠れない……」


 普段と時間のリズムが違うせいか、まったくもって眠くならないのだ。すでに眠ったリリスが服を摘んでいるので動けず、かと言ってベッドの中にまで持ち込んで仕事をする勤勉さはない。アスタロトやベールならやるか? いや、彼らなら起き上がって机に向かうな。


 どうでもいい考えで時間を潰すが、眠気は訪れようとしなかった。完全に外出して留守だ。差し込む月光が作り出す陰影を見つめながら、リリスの黒髪に触れる。これほどの魔力を持ちながら、黒髪なことに疑問を覚えた時期もあった。


 拾ったばかりは特にそう感じたな。白い肌、当時は赤かった瞳。どちらも大公達に匹敵する魔力を秘めた証拠だった。なのに、目立つ髪は黒……魔力が少ないことを意味している。実際のリリスはオレの結界を通過するほどの魔力を持つのに。


 さらりと指の間を擦り抜ける髪を再び掬い、月光に輝く様を見つめた。この月光のように明るい金や銀であったなら、疑問はない。だが拾った人族のハーフと思われた赤子が、完璧な色彩を持っていたら。


「アスタロト辺りに殺されたか」


 魔王に匹敵する、大公クラスの新たな存在――それは魔族の新たな勢力図の一端を担う危険人物だ。翡翠竜程度ならば抑え込めるが、リリスが存在を許され愛されたのは黒髪ゆえだ。あの頃、人族の血を引くと思われた赤子が、もし純白の髪をもっていたら? 想像するのも恐ろしい。


 どんなにルシファーが抵抗したとしても、アスタロトやベールは彼女を排除した。魔の森の采配に間違いはなかったな。ふっと微笑んで、目を閉じた。まだ眠くないが、リリスの寝息を聞きながら目を閉じている時間は心地よかった。

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