314. 鳳凰のお嫁さん(仮)と無粋なお客

「もちろんだよ。どんなことしても時間を作るぞ」


 視察は昨日終えて、報告書も提出済みだ。午前中から頑張ったので、ほとんどの決裁も終らせてあった。残された書類は明日でも構わない。


 ちらっと視線を向けた先で、アスタロトは静かに頷いた。絡めた指をそのままに、繋いだ手を胸元に引き寄せる仕草が可愛くて、ルシファーは頬を緩める。こんなに可愛く上品に育ったのは、ひとえにアデーレやイポスのおかげだろう。


 無邪気で自由過ぎて奔放という言葉すら凌駕するじゃじゃ馬リリスを、侍女の職分を超えて教育したアデーレの功績は大きい。ちなみに彼女はアスタロト大公夫人なので、夫婦そろって将来の魔王夫妻を牛耳る存在として一部で恐れられていた。


「リリス様、私がお茶菓子をご用意しますわね」


 シトリーが一礼して踵を返すと、庭へ出たルーシアが木陰にテーブルセットを用意する。収納魔法が得意な彼女は、手早く2つのテーブルセットを並べた。1つは魔王ルシファーと妃候補リリス姫のため、残る1つは側近である者が使うのだ。


「外でお茶をするなら、一緒でいいぞ」


 テーブルを並べるように指示するルシファーを見上げて、リリスが無邪気にお強請りする。


「ヤン達もいい?」


「ああ、もちろんだ」


 人数分の椅子を並べるのを手伝うアスタロトが「達?」とリリスの表現に首をかしげた。複数形なので、ヤンだけでないのは確実だ。


「ヤン、ピヨ、アラエル」


 呼んだ声はさほど大きくないが、魔力を込めた召喚に近い呼びかけは距離に関係なく届く。魔力制御を覚えたリリスは呼吸するように容易く魔法を操った。逆に魔法陣については苦手らしい。魔法陣を使った方が魔力の消費を抑えられるのだが、いまだに魔法を多用していた。


「お呼びですか? 姫」


 中庭で昼寝をしていたヤンが駆け付け、続いて空から1羽の鳳凰が舞い降りた。よく見ると、鳳凰の背中にしがみ付く大型犬サイズの雛もついている。2年前にようやくつがいとしての自覚が芽生えたピヨは、目出度く鳳凰のお嫁さん(仮)として城門で同居を始めた。


 ピヨが成人するまであと2000年ほどかかるので、あくまでも同居である。その間は珍しいらんであるピヨの安全面を考え、魔王城の城門係として鳳凰も住み着いていた。


 実は神龍族の女に対する尋問という名の八つ当たりが功を奏し、人族の騒動に乗じたクーデターを企てる魔族を検挙する切っ掛けを掴んだため、褒美として囚人から門番へ昇格した経緯もある。リリスが奇妙な名を授ける前に、ベールによってアラエルの名を与えられた鳳凰はピヨを下ろしてから翼を畳む。


「お茶の時間なの」


 大量の焼き菓子を並べるシトリーの方を示せば、ヤンが目を輝かせた。森で生活していた時には食べなかった甘い菓子は、いまでは彼の好物のひとつだ。


 ソファ代わりにヤンに寄り掛かるリリスの隣に、当然のようにルシファーが陣取った。


 ルーサルカの淹れた紅茶が並び、ルシファーが手をつけるのを待って全員がお茶会に参加する。いつもと同じ平和な日常を、轟音が引き裂いた。


 ダーン!!


 硬いものがぶつかった音に、ルシファーの眉が顰められる。昨年はドワーフの工事現場で事故があり、その際に落下した石材がこんな音を立てた。もしかして、またか? そう考えて、違うことに気づいた。もう奥の部屋の内装や彫刻くらいしか仕事がないのだ。石材が転がり落ちる音がするはずはなかった。


「失礼いたしますっ!」


 アスタロトの元へ駆け寄った衛兵が何かを報告し、吟味ぎんみするように側近は赤い目を伏せた。少し考えてから、待っているルシファーへ向き直る。


「陛下、誠に遺憾いかんながら中座する失礼をお許しください」


「何があった?」


 自分で片づける気のアスタロトに理由を問えば、苦笑いした側近が口を開いた。


「久しぶりに人族の襲撃です。勇者はいないようなので、私が対応いたしますね」


 どこか浮かれた口調で話す側近に、副音声が被って聞こえた気がする。曰く「久しぶりの獲物です。偽者すら連れてこなかったようなので、個人的に抹殺してきますね」と。


「……やりすぎるなよ?」


 城門前は何度整えても壊される運命らしいので、最近はエルフ達の手入れも変わってきた。花を植えるのではなく、芝を育てているのだ。転んでもチクチクしない新種と報告を受けていた。


「かしこまりました」


 建築資材の銀龍石がなくなった中庭は広く、整えられた庭から金髪の青年が転移する。ひとまず見送ったルシファーだが、続いた爆音に溜め息をついて身を起こすまで――あと少し。

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