1123. 誰にもトラウマはあるもので
ルキフェルは心当たりを探しに行ったし、ベールは軍の指揮で忙しい。アスタロトは大人しく城で留守番……これはチャンスだ。イザヤが帰ってきた以上、アンナはもう問題ないはずだ。久しぶりの解放感に目を輝かせ、ルシファーはリリスを抱き上げた。
「きゃっ、どうしたの?!」
「しー! アスタロトにバレるぞ。内緒でレラジェ救出に行こう」
「わかったわ」
うふふと笑うリリスが小声で承諾を返し、首に回した腕に力を込めた。抱き着いたリリスを連れてルシファーが消えると、イザヤが溜め息をつく。うっかり魔王と魔王妃の計画を聞いてしまった以上、ここは上司のアスタロト大公に相談すべきか。最上位者の願いを優先するべきか。
「まいったな」
「……レラジェを探しに行ってくれたんだもの。私達は何も知らないわ」
「気づかなかったことにしよう」
一番安全と思われる策を選び、イザヤはアンナを引き寄せた。身を任せる妹の黒髪を撫でながら、同じ黒髪を持つリリスに願いを託す。どうかレラジェが無事に見つかりますように。
その頃、転移したルシファーは「もう少し先」と言われて、再度転移した先でトラブルに遭っていた。アスタロトがいたら「だから転移前に調べなさいと言っているでしょう」と眉を顰められる事態だ。岩にすっぽり嵌った足が動かず、風を使って勢いよく岩を割った。
丈夫な結界がなければ足が吹き飛ぶ勢いの風は、岩だけを砕いて消える。ルシファー達が到着したのは、薄暗い洞窟の中だった。不思議なことにコウモリが見当たらない。たいていの洞窟には住んでいるし、ここはアスタロトの領地内だった。コウモリの数は他の領地より多いはずだ。
「妙だな」
「ルシファー、歩くわ」
「足元が不安だから、靴を変えるか」
ヒールのサンダルでは不安定なうえ、つま先にケガをしてしまう。結界は張っているが、危険なので靴を交換させた。革のブーツの紐を結び終えたリリスが腕を組む。これなら転ぶ心配も激減する。魔王と魔王妃は灯りのない洞窟の奥へと足を踏み入れた。
ぐにゃ……何かを踏んづけたが気にしない。そのまま進み、ふとリリスが上を見上げた。
「うわぁ、凄い」
彼女の声に釣られて低い天井を見上げたルシファーは、顔をひきつらせた。結界は万全で物理も魔法も弾く。だが……生理的嫌悪感は遠ざけてくれなかった。ぼたりと結界の上に落ちた長細い蛇の姿に、身を竦ませる。
毒蛇かどうか。そんなことは問題外だった。とにかく蛇であることが問題なのだ。
「うわぁあああああ!!!」
反射的に炎を放っていた。洞窟内が一気に灼熱の高温にさらされ、土が溶け始めた。のたうち回る蛇も苦しいが、問題は酸素不足だ。結界内は問題ないものの、奥に誰かがいれば窒息してしまう。
「ルシファー、抑えて! レラジェがいたら死んじゃうわ」
いくら魔の森の子であっても、現在はただの幼児だ。窒息に耐えられるかは自信がない。リリスが叫んだことで、ルシファーは落ち着こうと深呼吸した。炎があるから、余計に蛇の姿が見えるのだ。そうだ、灯りを消そう。炎をすべて強制的に排除して、沈黙と暗闇を取り戻す。
だが……見えなければ見えないで、蛇がいるかも知れない地面に足を踏み出すことが怖い。過去のトラウマを克服しなくては、この奥に進むことは出来なかった。レラジェを助けてと縋る婚約者リリスのため、ルシファーは覚悟を決める。
踏み出した一歩、そしてもう一歩。彼は勇気を振り絞り、同時に少しだけズルをした。地面から指2本分ほど浮いている。魔力は余るほどあるため活用するルシファーと一緒に、リリスも洞窟の奥へ進んだ。灯りのない洞窟内で、ときどき結界が岩に当たる音がする。回数が増えているのは狭くなった証拠だろう。
「リリス、方向は合ってるのか?」
「もう少し先なのよ」
ついにはしゃがんで進む高さになり、ルシファーは見えない暗闇で涙目だった。蛇が近い、そう思うと肌が粟立つ。怖いと言うより気持ち悪い。あと少し……我慢しながら伸ばした指先に柔らかな何かが触れ、ルシファーは飛び退りながら叫んだ。
「いたぁあああああ!!」
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