108. 称号が姫になりました
ご機嫌でお風呂の薔薇を千切って遊ぶリリスを抱いて、湯船に浸かる。最初の頃は女の子だからと侍女のアデーレに頼んでいた入浴だが、リリスが保育園に通うようになって一緒に入り出した。なんでも友達のアリッサ嬢が「パパと一緒に入ってる」と自慢げにのたまったらしい。
突然「パパと入る」とリリスが言い出したときは、アリッサ嬢に何か褒美を与えようと真剣に考えたほど嬉しかった。なぜか青い顔のアスタロトに必死で止められたが……権威がどうとか。アイツの考えることはよくわからない。
ピンク色の花弁が散らばる湯は、ほんのりと良い香りがした。膝の上でばしゃばしゃと湯を揺らすリリスは、お気に入りのひよこを沈めて遊んでいる。
以前に聞いたら、湯船の底から飛び出すのが楽しいらしい。子供の感覚はよくわからないが、リリスが言うのなら楽しいのだろう。5回ほど沈めたひよこを受けとめたリリスが振り返った。
「パパ、おなかすいた」
「そろそろ出るか」
ひよこを放り出すリリスへ「ちゃんとお片づけして」と声をかける。愛らしい返事をして、湯船の脇にある籠へ玩具のひよこを入れた。両手を出して待っているリリスを魔法で乾かして、タオルに包む。手早く自分も乾かして服を纏うと、タオル姿の幼女を抱き上げた。
やっと腕の痛みに慣れてきて、落とす心配がなくなった。痛みが消えたわけではないが、慣れれば力の入れ方や痛む角度がわかる。今までのように抱き上げるルシファーに、リリスは首に手を回した。
「パパのお手手、少しお月様色になってきた」
「そうか。リリスが言うなら間違いないな」
何度も撫でるリリスの手は心地よく、痛みが和らぐ気がする。気の所為だと思っていたが、ベールに指摘されて気付いた。ペンを持ってもさほど痛くないのだ。魔力の流れが徐々に整えられ、先日の謁見では翼を広げても平気だった。
リリス自身は理解していないが、何らかの治癒系の能力を持っている可能性が高い。無意識に使っているのだろう。撫でる仕草に目をこらしたが、ルシファーにもよく分からない。こういった分析が得意なルキフェルに近々頼んでみよう。
「リリスのお陰だ。さすがパパのお嫁さん」
最近のリリスは「娘」という単語より、「お嫁さん」や「お姫様」という呼ばれ方を好む。にこにこ笑う幼女と頬をくっつけ合って、額をごつんこする。彼女のお気に入りのルーティーンを終えると、薔薇と同じピンクのワンピースを着せた。
「リリス、お姫様?」
「ああ、パパの大事な大事なお姫様だ」
事実、王妃候補は姫と呼ばれるらしい。知らない間に称号が決まっていた。確かに妙齢の貴族女性を候補として預ったなら、姫と呼ばれる可能性が高かったので、なるほどと頷いて受け入れる。大公らは今までどおり『リリス嬢』と呼んでいるが、公式の場では『リリス姫』が正式な呼び名だ。
「今日はアスタロトやヤンと外で食べようか」
「やった!」
大喜びするリリスが先に走り出した。小型になったヤンが付き従うため、転んだ際は彼が下敷きになって守ってくれるだろう。微笑ましく見守ってついていくと、途中で立ち止まったリリスが振り返った。思わず同じように立ち止まったルシファーへ駆け戻り、右手を差し出す。
「お手手つなぐの!」
「じゃあ、パパを連れて行ってくれるか?」
お願いされることが嬉しい幼子の気持ちを汲んで、役目を与える。満面の笑みで頷いたリリスが指先を掴んで、先導するように歩き出した。速度を合わせて歩きながら、黒髪の旋毛を見つめる。今日は梳かしただけで結ばなかったのだが、一部の毛先がくるんと外を向いていた。
気になって指で触れると、リリスが振り返る。
「パパ、悪戯はめっ!」
「ごめん、リリスに触りたかったんだ」
「それならいいの」
何がいいのかわからないが、リリスが好きな答えを返す。まあ偽りない本心なので構わないが、アスタロトがいれば大きな溜め息を吐かれただろう。
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