109. 我が君はすっかり春ですな~
「ここがいい」
中庭にある大きな木の下で立ち止まったリリスを撫でてやり、アスタロトを呼んだ。大きくなったヤンに寄りかかって準備を待てば、料理を載せたワゴンを押す侍女アデーレとともに、金髪の側近が顔を見せる。
「アシュタはこっち、ヤンはここ。パパはリリスを抱っこするの」
クッションが置かれた場所を示して席順を決めた。おままごと遊びを始めてから、お母さん役にハマっているらしい。素直に従う面々は魔族の最上位階級なのだが……当然リリスに彼らを従えた自覚はない。微笑ましく見守るアデーレの給仕で、サンドウィッチが並んだ。
野菜とハムが挟まった1切れを掴んだリリスが、うーんと唸って考え込む。後ろから抱き締めるルシファーに食べさせたいようだ。しかし無理だと気付いて、一度サンドウィッチを皿に戻した。
どうするのか見守るルシファーの膝の上で横向きに座りなおす。両足を放り出して横座りし、再び皿からサンドを持ち上げた。手の中で何度か持ち直してから、三角の尖った方をルシファーへ向ける。
「パパー、あーん」
「あーん」
左腕でリリスの背を支えて食べる。自分も卵サンドを齧りながら、リリスは器用にルシファーに食べさせ続けた。微笑ましい夫婦ごっこに、アスタロトは苦笑いしながら自らも皿に手を伸ばす。いつも一緒のヤンは甘い空気に慣れたのか、気にせず隣で肉を齧っていた。
生肉を食べ終えたヤンは、大型犬くらいのサイズのまま伸びをした。くるりと丸くなって寝転がる。すっかりペット生活に馴染んでいた。
「我が君はすっかり春ですな~」
「そうですね、季節はまだ冬なのですが」
ヤンとアスタロトの会話を無視して、リリスはせっせとルシファーへ食べさせる。時々紅茶のカップも差し出す姿は、見事な世話焼き奥さんだった。ちなみに熱いカップを落とさぬよう、こっそり魔力を使ったルシファーを、アスタロトは気付かぬフリでやり過ごした。
「明日は遠足で留守でしょう。急ぎで署名が必要な書類を揃えておきました。今夜中にお願いします」
事務的な連絡に、ルシファーが頷く。リリスが次のサンドを持って待っているので、急いで飲み込んだ。
「わかった。あーん」
答えた直後に、リリスの「あーん」に答える。結構な量を食べたので、皿はほとんど空いていた。ヤンは肉を齧って汚れた口元を器用に拭っているし、アスタロトもゆっくりお茶を楽しむ姿勢を見せる。
「遠足に必要なもの、リリスは用意できた?」
ようやく食べ終わったルシファーの質問に、黒髪の毛先を弄っていたリリスは顔を上げる。指を折りながら数えていく。
「敷くの、おべんと、おやつ、おみず、ヤン、パパ、リリス!」
敷物シート、お弁当、おやつ、水筒、ヤンは持ち物じゃなくて護衛、パパとリリスは当然として……あれ? 何か足りない。首をかしげたルシファーへ、アスタロトが助け舟を出した。
「水辺で遊ぶなら、タオルや着替えが必需品ですね。荷物はリュックにつめるよう言われています」
「リュック……?」
当然ながら、数万年生きても背負った記憶などない。リュックごと収納魔法しちゃったら駄目なのか? いろいろ含めた疑問の声に、アスタロトはひょいっと空中から取り出した遠足の案内を差し出した。目を通すと、基本的に荷物はすべて背負って運ぶ旨の記載がある。
「ご安心ください。リリス嬢のご希望に沿ったリュックをご用意しました」
にっこり笑うアスタロトの顔に、なぜか安心できないルシファーだが引きつった顔で頷いた。逆らうと反論がくるし、明日の外出を止められても困る。食べ物はアデーレに頼むとして、タオルや着替えはルシファーが詰める必要がありそうだ。
荷物の段取りを考えながら部屋に戻ったルシファーに突きつけられるのが、まさかの明るいピンクのリュックだったことは……余談である。
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