110. お揃いピンクがお望みでした
「……納得できない」
保育園前に集合した人々が、遠巻きに見る。どの親もリュックを背負っているが、明らかに魔王ルシファーは浮いていた。理由は一目瞭然……ピンクのリュックだ。
「パパ、可愛い」
「可愛いのはリリスだよ」
反射的に返して、溜め息をついた。白い肌を黒衣に包んだ魔王陛下は、純白の髪をポニーテールにされている。リリスとお揃いのピンクのリボンで結んだが、それは許容範囲だった。問題は、荷物をつめたリュックである。
可愛いピンク色のリュックには荷物がぎっしり。とてもじゃないが、幼子に背負わせる重さじゃないし、ルシファーだって任せる気はなかった。ただ……色が気になるのだ。桜色より鮮やかなピンクのリュックには、可愛い花柄の絵が踊っている。散らばる花柄から判断しても、完全に女物だった。
「……嫌がらせなのか?」
アスタロトの嫌がらせかと邪推するが、昨夜のリリスの説明によると彼女自身が選んだらしい。寝かしつける前に聞きだした話では、いくつか布を見せられたリリスが「ピンクのお花畑がいい」と指示した。サンプルになかった布を探したアスタロトが、その生地でリュックを作らせた結果がコレである。
たぶん、彼は悪くない。
「抱っこして、パパ」
「あらリリスちゃん、遠足は歩くものよ」
ミュルミュール先生の言葉に、「はい」と元気よく返事をするリリスが可愛い。背中のリュックは気にしなければ、何とかなるだろう。こんなに楽しみにしているリリスに、リュックの色くらいでがっかりさせたくない。
「パパと手を繋ごうか」
「うん」
手を繋いだリリスがお友達に手を振っている。向こうも振り返してくれた。明るい茶色の巻き毛の女の子だ。少しかがんで尋ねた。
「あの子はなんていうお友達?」
「アリッサ! アリッサパパと一緒」
送迎の時に見かけた記憶を頼りに教えてくれるリリスに、「ありがとう」とお礼を言って頭をなでた。そうか、あの子が「パパとお風呂はいる」と言い放った子か。よく覚えておいて、あとで何らかの礼をしよう。アスタロトは止めるが、やっぱりお礼は必要だと思う。
暴走気味のルシファーは、我知らず浮かれていた。
手を繋いだリリスは可愛いし、天気はいい。彼女が楽しみにしている親子参加の遠足は、ルシファーにとっても嬉しい行事だった。
出発した一行はそれぞれ歩き出す。目的地を示した地図を渡され、自由に歩かせるスタイルだった。親が一緒のイベントなので、列を組んで歩くのは止めたらしい。
ルシファーも後ろを歩くヤンがいるため、列に並んで歩かなくて済むのは助かった。子供達に絡まれる気がすると、小型化を拒んだヤンは大きな尻尾を振りながら付いてくる。
おかげで周囲からすこし距離を置かれていた。彼がいれば、魔獣に襲われる心配もなく、保育園からは感謝されている。
「パパ、疲れたらリリスに言って」
「わかったよ」
大人のように振舞いたい年頃らしく、面倒を見たがるリリスに頷く。手を振って歩くリリスの歩幅に合わせてゆっくり歩いた。木々が風に葉を揺らし、小鳥の声が聞こえる。こんな時間を過ごすのは久しぶりだった。朝の日課も最近は物騒なので、こういった光景は気持ちが和む。
「青い鳥さんがいる」
「本当だ、よく見つけたな」
褒めると嬉しそうに笑う。ベールやアスタロトは甘やかしすぎだと言うが、子供のうちは甘くていいと考えていた。大きくなれば嫌でもあれこれ我慢するはめになる。それまでは褒めて甘やかして、素直に元気に育ってくれるのが一番だ。
ルシファーと同じポニーテールにした黒髪が、歩くたびに揺れる。リボンと同じピンクのキュロットとブラウスのリリスは、隣のルシファーを見上げた。
「パパもピンクのお洋服にすればよかったのに」
「……リュックがピンクだからいいんだ」
今朝のやり取りを思い出す。同じピンクの服を着て欲しいと駄々を捏ねられ、なんとかリボンとリュックだけで我慢させた。再び蒸し返すリリスの気をそらそうと、地図を目の前に差し出す。
「今どのへんかな?」
「ここ」
適当に指さすリリスに「よくわかったな」と頭を撫でて誤魔化し、ルシファーはほっと息をついた。
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