457. 理解せず反抗する、ある意味勇者

 騒ぎ続ける勇者アベルを引きずったルキフェルは、彼に与えた部屋の扉を蹴破けやぶった。乱暴な所作で腕を振り、中にアベルを放り出す。


「阿部、どうし……っ」


 イザヤは続く言葉を飲み込んだ。聖女アンナは言葉もなくソファで震える。人懐こい少年の荒んだ態度に、彼も魔族だったのだと実感した。


「痛っ、何を怒ってるんですか……ひっ」


 尻から着地したアベルが文句を言いながら顔をあげ、悲鳴をあげて呼吸を引きつらせた。愛想が悪いながらも優しかった少年は、ドラゴン特有の縦に裂けた獣の瞳で睨みつける。右腕は鱗が露わになり、大きな爪が4本生えていた。


 一部だけ竜化したことでドラゴンの腕力を揮ったルキフェルは、水色の瞳孔を細めて苛立ちを露わにする。


「勘違いも甚だしい。魔王の決定に口出しするなんて……あんた、何様のつもり?」


 自分がきちんと教えなかったことも悪い。そう自覚するからいきなり殺さなかった。これが勇者でも聖女でも結果は同じだ。ルシファーの害になるなら、殺すだけ。


 アスタロト程の狂信的な思いはなくとも、ルキフェルは自らの主としてルシファーを尊敬している。敬愛する主の決定に口出しし、覆そうとするなど……八つ裂きにしても気が収まらなかった。


 尻を擦って逃げるアベルを追い詰めるように、2歩前に踏み出す。その分だけ距離を開けようと下がるアベルの怯える顔を見て、少しだけ落ち着きを取り戻した。


 ルシファーが命じたのは処分じゃない。再教育をするのなら、生かしておかなくてはならない。少なくとも……彼の許可が出るまで殺すことは命令違反だ。


「人族が何をしたか、あんただって身をもって知ってるだろ。あんなの氷山の一角だ。生きたまま鱗を剥がれ、毛皮を得るために裂かれた奴だっている。何も知らないくせに口出しするなんて、愚か過ぎて……結局、あんたらも人族と同じだってこと」


 人族の愚かさを魔族は見逃してきた。それは許しではない。ただ魔王の命令が出なかっただけだ。勘違いして増長するなら、その不毛な輪は壊す必要があった。そのタイミングが来た。邪魔をするなら、一緒に人族と滅びればいい。


 怒りに沸騰しそうな頭を宥めながら、ルキフェルは冷たい声で吐き捨てた。


「忘れないで――次は殺すよ」


 踵を返して部屋を出ようとしたルキフェルの背に、震える声がかけられた。


「それでも……貴族じゃない奴らは、知らなかった、んじゃ」


 だから許せ、と?


 怒りが真っ赤に目の前を焼いた。なんとか抑えようと必死だった感情が、口元を歪ませる。竜化したままの腕がうずいて、感情の儘に殺せと叫んだ。


 無知とは――ここまで他人を傷つけるのだ。そして傷つけたことにすら気づかず、自らは善行を為したと思い込む。


「貴族じゃなければ知らない? そうかもね。でも貴族が好き勝手するのを許してるのは誰? 人族は魔族と違って、でたらめな魔力を持つ存在はいない。ならば数の多さで勝てるんじゃないの? 僕は1万年くらいしか生きてないけど、反乱で国のトップが入れ替わる事例を見てきてる」


 そこで言葉を切ったルキフェルの声は、ただただ冷たかった。


「魔族と敵対する気がなければ、王族を殺せばいい。勇者や聖女を崇めるつもりがあるなら、貴族に逆らえばいい。この未来を選んだのは民衆だよ。自分に直接火の粉が飛んでこなければ、そのままにして怠惰な状態を受け入れた。それ自体が罪だと気づけないなら……滅びればいいのさ」


 恐ろしい考え方だと思う反面、言われる内容も理解できた。イザヤはまだ投票権を持たない未成年だが、政治や投票に多少の興味があった。投票しない者は選挙結果に文句を言う権利はない。その理論に近かった。


「でも……」


「僕が言葉で対峙してる間に、黙りなよ?」


 それ以上言うなら力に物を言わせる。理解できない魔物は、躾なければ覚えないのだから。そう匂わせたルキフェルは、一切振り返らずに部屋を出ていった。

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