316. 地味な花火による攻撃
「……誰か、状況を説明してくれ」
城門の一部が黒々と焦げて壊れている。アスタロトが駆け付ける前の爆音が、その攻撃だったのだろう。眉をひそめたルシファーの視線の先で、機嫌の悪さを隠そうとしないアスタロトが剣を抜いた。
人族は6人、鎧を着用した騎士のように見える。大きな袋を担いで、明るい時間帯なのに松明を手にした彼らは、アスタロトに剣先を向けて厳しい表情をしていた。
「失礼いたします。人族が突然城門へ爆発物を投げつけ、敵対意思を表明しました。そのため我らが反撃に転じましたが、アスタロト大公閣下が間に立たれて事態を収めておられます」
「うん、ありがとう」
端的でわかりやすい説明だった。傅いて説明した衛兵を労って、手を繋いだリリスを見る。きらきらと赤い目を輝かせる少女は、今にも飛び出していきそうだ。
「リリス、ダメだからな」
「え? どうして?」
久しぶりの人族襲撃だが、リリスに迎撃を許す気はない。他の4人ならばともかく、リリスは過剰戦力なのだ。危険なのは相手の人族だった。間違いなくリリスが殲滅してしまう。魔王妃の立場で考えるなら、いきなり相手を全滅させるのはマズイ。
「魔王妃は前に出て戦う役割じゃないぞ」
「……パパは前で戦うじゃん」
「ぐっ……」
「魔王史2045巻で『魔王が先頭に立たずして、誰が後ろに続くのか。安全な場所で命令するだけの屑になり下がる気はない』って言ったのパパだもん」
「うぐ……っ」
過去の黒歴史のセリフを一言一句間違わずに突きつけられ、ルシファーは撃沈寸前だ。頭を抱えて反論を練る魔王の純白の髪をきゅっと一房掴んで、リリスは愛らしく首をかしげた。
「ねえ、ダメぇ?」
店でお人形が欲しいと強請る子供のように、無邪気に戦いに出たいと願いでる娘をぎゅっと抱きしめる。腕の中で大人しく答えを待つリリスが手を回して抱きしめ返してきた。
「い……、ダメ」
危なく許可を出すところだった。ぎりぎりでお強請りに堪えたルシファーだが、ここはアスタロトに任せるつもりでいる。
「いいじゃない! ね?」
「配下が仕事をするのを邪魔してはいけないよ。これは上に立つ者の義務だ」
正論で言い聞かせる。
「命の危険がある重要な場面なら、魔王であるオレが前にたつ。だが衛兵や側近の手で足りる程度の奴なら、配下に任せて手を引くものだ。部下の手柄を奪う上位者は最低だろ」
「……じゃあ、アシュタに譲るわ」
納得したらしい。頭の回転はいいし、物覚えもいい。リリスは優秀なのだが、逆に賢すぎてアスタロトの悪い部分をそっくり踏襲していた。上手に相手の言葉の隙を狙って話をひっくり返そうとするのだ。最近はアスタロトと話しているようで、気が抜けないルシファーだった。
5年経てば直ると思って放置した呼び方はそのままで、いまだにアシュタ、ベル、ロキと呼称する。当人達が諦めてしまったので、今後も同じように呼ぶだろう。
「あの袋は何でしょう?」
「爆発音がしていましたね。それに硝煙の臭いがします」
半獣人で鼻のいいルーサルカが臭いを分析する。彼女らの出す結論が気になって耳を傾けるルシファーが意識を逸らした時、正面で大きな爆発音がした。
城門の上に立った時点で展開した魔法陣が、何かを弾き飛ばす。
ぶつかってバウンドして落ちていくのは、火が付いた黒い球体だった。地面に落ちる前に、ぼんと激しい音を立てて爆発する。どうやら火薬を球体にしたものらしい。
「火薬だな」
火薬自体は魔族でも取り扱いがあった。祭りの夜に打ち上げる花火に使うのだ。大量に詰め込んで敵に投げ込む方法や、砲弾にして打ち出す道具もあるが、まず使うことはなかった。火薬以上に威力のある魔術や魔法で戦えるため、魔族の間で娯楽道具として以上の価値を見出せないのだ。
魔力が乏しく魔法を自由に扱えない人族同士ならば、確かに効果のある武器だろう。扱い方さえ間違えなければ、敵に確実に被害を与えることが出来た。
「……花火?」
リリスの認識も、火薬=(イコール)祭りの花火だった。
「花火の一種、かな」
攻め込んできた敵が、どうして地味な花火を投げつけるのか。戦わずに何をしているんだろう。もしかして友好の証だったりして? だけれど、アシュタは怒ってるし。
ルシファーに抱き着いたリリスは、理解に苦しむ人族を城門上から見下ろした。
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