317. 爆弾を使った授業

「あの人たちは遊びに来たの?」


「違うぞ。さっきの衛兵も言った通り、攻撃しに来たんだ」


「花火で?」


「そう、花火で」


 魔王と魔王妃確定の少女がかわす会話に、人族は黙っていられなかった。騎士として必死に魔の森を切り抜けて攻め込んでみれば、遊びに来た扱いはないだろう。憤懣ふんまんやるかたないと、尖った口調で噛みついた。


「花火ではないっ! 爆弾だ!!」


「煩いですよ、何を勝手に陛下へ直答しているのですか……襲撃者のくせに」


 丁寧な口調でマジギレ中のアスタロトが吐き捨てた。人族の人口を半分まで減らす侵攻は、つい5年前の出来事だ。長寿である魔族にしてみたら「つい先日」程度の時間しか経っていない。そのつい先日の失態を忘れて、魔王に盾突くなど腹立たしかった。


 いっそ全滅させないと理解しないのか。舌打ちするアスタロトの心情に気づいたルシファーは「全滅させたら理解できないぞ」と溜息を吐いた。


「アスタロト、片付けるなら早くしろ。お茶が冷める」


「お待たせして申し訳ございません。すぐに参ります」


 アスタロトは平然と敵に背を向けてこちらに一礼する。魔王の側近として知られる男は、人族を脅威と見做みなしたことはなかった。ただ邪魔をする羽虫程度の感覚だ。


「隙あり」


 叫んで飛び掛かる人族の騎士が1人、アスタロトの剣を赤く濡らす。切り伏せられた男の姿に、他の騎士も一斉に襲い掛かった。その中に1人だけ別行動をとる者がいる。松明を掲げた革鎧で軽装の男は布袋から爆弾を取り出して火をつけ、城門方向へ投げた。


 肩が強いのだろう。かなり飛距離が出ているが、アスタロトは頭上を飛んでいく爆弾を見送った。目の前の敵で手いっぱいという状況ではないから、別の目的があるはずだ。城門前に落ちる爆弾がぼんと派手な低音で破裂した。


 破片を結界で包みながら、ちょうどいいので火薬対策を教えることにする。


「火薬は爆発するが、火の魔法とは働く作用の系列が違う。魔力を使わないから魔法結界を通過できるんだ。物理結界が有効だな。言ってみれば火を吐く剣みたいな感覚か」


 魔剣の類に例えて説明すると、優秀な5人の少女達は「なるほど」と頷いた。城門前へ再び飛んできた爆弾をリリスが指さした。ふわっと丸い物理結界を作り出して爆弾を包み込む。中で爆発した勢いで、結界が砕けた。


「あれ?」


 結構硬くしたのに。そんなニュアンスで首をかしげるリリスの頭を撫でて、次の爆弾を空中でキャッチする。転移魔法で目の前に引っ張り出し、爆発前に丁寧に結界を張って見せた。


 ぼん……爆発したが結界は無事だ。残った結界に手を触れ、リリスは納得したらしい。振り返ると、興味津々の顔で4人の少女達がルシファーの結界を凝視していた。


「ほら」


「「「「失礼いたします」」」」


 後ろでうずうずしていた好奇心旺盛なルーサルカが最初に手を伸ばし、続いてルーシア、シトリー、レライエが結界を撫でる。触れて直接結界の情報を受け取った彼女らは、結界の強度ではなく種類が重要だと理解した様子で頷いた。


 本当に優秀な生徒ばかりだ。


「物理結界だけでは魔力が大量に必要だから、この魔法文字で強度を保ちながら、外側に火と風を打ち消す魔法結界を添わせるといい」


 爆弾がもたらす被害は、爆音、破裂による部品の飛散、火薬による温度がおもだ。風を打ち消せば爆音と飛散を防ぐことができ、火を打ち消すことで温度も調整できる。これは水や氷でも代用できるが、火を低温にする方が魔力操作が楽な利点があった。


 爆弾対策を兼ねた結界の応用授業を、騎士イポスは微笑まし気に見守る。飛んでくる新たな爆弾をこぞって結界練習に使う少女達は、襲撃された事実を忘れ楽しんでいた。万が一を考えて万能結界を駆使したルシファーだが、門番達の存在を見落とす。


「あっ」


 失敗した爆弾が結界の外に飛び出した。包み損ねた爆弾が破裂し、破片が城門の衛兵や門番であるアラエル達に降り注ぐ。鳳凰であるアラエルとピヨは火傷しないが、衛兵のコボルトやフェンリルのヤンは危険だった。

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