591. 魔王妃殿下のダンス披露

 空から見下ろした城門に降り立ち、ベールの背中にぴたりと背を合わせた。ドラゴン形態のまま力を揮えば、城門を破壊してしまう。身体の一部を竜化した状態で人型を取ったルキフェルが報告する。


「向こうはアデーレやアムドゥスキアス、あの子達に任せてきた」


 あの子達の表現に、リリスの声が飛んでくる。


「よかったわ」


 こちらに来たら四方八方が敵だらけ。嫁入り前の彼女達の肌に万が一にも傷がついたら大変と笑うが、リリス自身も嫁入り前のお姫様だった。すでに嫁入り先が決まっているからと、傷がついても良いはずがない。


 言い返そうと振り返ったルキフェルの水色の瞳が、大きく見開かれた。


 ピンクのドレスのすそを優雅にさばくリリスが、手にした短剣で敵の剣を弾く。ステップを踏む彼女の右手を預かるルシファーが軽く引くと、くるりと回転して魔王の胸元に飛び込んだ。緩く編んだ黒髪が、後を追う形で生き物のように動く。飾りの白い小花をちらしながら。


 まるで舞踏会そのもの。危険な感じは一切なく、余裕すら感じられた。


「あっちは大丈夫そう」


 よくリリスの参戦を許したね。そんな響きを滲ませて、飛び出してきた槍の穂先を腕で叩き折る。鱗に覆われたルキフェルの腕は硬く、いとも容易く槍の先を砕いた。粉々になった木片が飛び散り、その柄を振り翳した男の腹を、ルキフェルの蹴りが襲う。吹っ飛んだ男が数人を巻き添えにして城門から落ちた。


「陛下が珍しく譲歩なさいましたから」


 楽しそうなリリスの様子を見るに、泣き落としでもしたのか。事情を察して表情が和らぐ。


 アスタロトと競うベルゼビュートは銀の剣を右手に、聖剣を左手に持ち二刀流になっていた。ピンクの巻き毛とたわわな胸を揺らしながら、舞うように敵を排除する。


「あたくしの方が扱いは上じゃない?」


 剣技に関しては一日の長があるベルゼビュートは、踏み出した直後に横から差し出された剣を避けるために身を反らした。直後に後ろへ感じた気配が突き出した刃に息を飲む。魔法を展開したベルゼビュートの炎より早く、アスタロトの虹色の刃が受け止めて流した。


 絡めて叩き折った吸血鬼王は、にやりと笑う。


「隙だらけです」


 体術でベルゼビュートを凌ぐアスタロトの言葉に、むっと唇を尖らせるが「助かったわ」と礼を口にした。ベルゼビュートが放った炎が、後ろから襲い掛かった剣士を焼き尽くす。肉の焦げる臭いと耳汚しの悲鳴が周囲に広がった。


「ねえ、どうして魔法陣を使わないの?」


 それなら一発で終わりじゃないかと、今更の疑問を吐いたルキフェルへ、苦笑いしたベールが城門の下を指さした。数人のドワーフが何か叫んでいる。


「こら、そこの! 彫刻を壊すな!」


「あ、それは魔法陣だぞ」


「なんてこった、修理の手間が……」


 何やら城門の石材に魔法陣を刻んだらしい。それを壊されるたびに悲鳴を上げて指摘してくる。眉をひそめたルキフェルは、城門に刻まれた魔法陣を浮かび上がらせるために魔力を注いだ。手をついた飾り縁から広がる魔力に、じわりといくつかの記号や魔法文字が浮かぶ。


 転移魔法を無効にする魔法陣を消した代わりに、攻撃に対する強度を上げる魔法陣を刻んでいた。読み取った魔法陣のひとつは、魔法反射の魔法文字が見られる。


「うわっ……やらかしてた」


「そういうわけです」


 魔術師を一人切り捨てたベールが、肩を竦めた。この城門に刻まれた魔法陣は、連鎖反応で次々と作動する仕掛けになっている。うっかり作動させると、途中で止めるのが面倒だった。


 人族有利な状況だが、彼らはこの状況をいとうていない。人族が嫌いな大公達はもちろん、踊るリリスをエスコートするルシファーも、突然の戦場を楽しんでいた。


 手を伸ばして離れたリリスが敵の矢を叩き落とし、追いかけて放たれた矢を避けて数歩下がる。一歩前に出たルシファーのローブがリリスを包み、矢を叩き落とした。


 局地的な小さな魔法を使うことはあっても、誰も攻撃魔法陣を使わない。ルキフェルの転移魔法陣ならばともかく、攻撃用の魔法陣は連鎖反応を引き起こす可能性が高かった。もし使ってしまえば人族は一瞬で壊滅し、この舞踏会は終了となる。


「あと、どのくらいかしら」


 2人の首を同時に落としたベルゼビュートが首をかしげると、淡々とした声でベールが残数を知らせた。


です」


「23匹になりました」


 アスタロトが下から跳ね上げた剣で喉をつき、1人減らす。しかし大公達は人族を「魔族の一角」として認めていないため、魔物と同じ「匹」を使って数えた。辛辣な彼らに苦笑したルシファーが、発破をかける。


「倒した数に応じた褒美をやるぞ」


 やる気を引き出す一言は、後に魔王の首を絞めることになるが……この場で彼がそれに気づくことはなかった。

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