194. どうして酷いことする人がいるの?

※多少死体絡みの残酷表現があります。

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 砦にいた人族を処分して、建物を使えなくするために火を放とうとしたアスタロトが感じ取ったのは、僅かな魔力の名残だった。知らない魔力ならば無視したが、アスタロトはこの魔力に心当たりがる。


「変ですね」


 名残り、かすかに残った魔力ならば立ち寄っただけの可能性もある。ここで過去に戦った痕跡かも知れない。そう思うのに、嫌な予感が先に立った。


 焼け焦げた人を踏みつけ、手足を切り落とした男を避けた先に『彼』はいた。砦の奥深く、牢のような檻が続く部屋の中に、彼は無残な姿で転がる。


「……ハルピュイア」


 人族には『ハーピー』と呼ばれる種族だ。幻獣の一種だが、とにかく個体数が少なかった。人の頭と胸部が鳥の身体に合わさった外見は、魔物と忌まれる地域もある。


 自分勝手で人の話を聞かない連中だが、意外と人のいいところもあり頼られると弱い。


 人族に対して親近感を覚えているようで、よく人族の砦に顔を見せていた。そこを狙われたのだろう。


 檻を剣で切って中へ入ると、腐敗臭が鼻をつく。呼吸を止めて、ハルピュイアに近づいた。膝をついて彼を抱き起こすと、あまりに無残な状態に驚く。


 彼らが使うのは風の魔法だ。それ以外は大した能力はなく、毒もなく、人族に対し友好的な種族だった。近づいたときに油断していたのだろう。翼の付け根に三角の石が突き刺さっている。槍の先端部である槍頭だろうか。


 飛べなくなったハーピーに縄をかけ、牢に閉じ込めた。それだけならば良かったが、彼の羽毛はずるりと剥ける。その肌は焼けただれ、焼かれたか熱湯をかけられたらしい。風きり羽や尾羽を抜かれた上、彼の顔は苦悶の表情で固まっていた。


「だから何度も忠告したでしょう。あなたは本当に人の話を聞かなかった」


 このハルピュイアは、元々アスタロトの領域に棲んでいた。気が向くと顔を見せて、ふらりといなくなる。彼の性格を知るがゆえに、最近姿を見せなくても心配などしなかった。どうせ少ししたらまた顔を見せるのだろうと、軽く考えていたのだ。


 目を背けるような姿になった友人を、収納魔法で回収する。見回した牢は、他にも魔物が切り刻まれた痕跡があった。忌々しい光景に炎を放つ。出来るだけ高温で、臭いも思いも怨みも……すべて焼き尽くすように願いを込めて、青白い炎で砦を包んだ。






 ルシファーは一瞬目を見開き、静かに「ハルピュイアか」と呟いた。確認するような声に「はい」と小さな声が返る。生前の飄々ひょうひょうとした彼の姿を思い出すことが困難なほど、その遺体の損壊は酷かった。


「丁重に葬ってやれ」


「ならば、我らが土地で彼を迎え入れましょう。一度土に還り、再び生まれ変われるよう」


 輪廻転生はエルフ特有の考え方だ。オレリアがリリスの手を離して一礼した。ハイエルフの申し出に「ありがとうございます」とアスタロトが応じた。結界に包んだ状態で取り出したため、臭いはない。


「パパ、この人は酷いことされたのね」


「そうだ」


 オレリアが離した手は、ルシファーの首に回されていた。リリスの赤い瞳は、無残なハルピュイアかららされることはない。じっと見つめて記憶するように、彼女は死体を見つめた。


「リリス?」


「どうして酷いことする人がいるの?」


 リリスの頬をぽろりと涙が伝う。魔力の色を読む彼女に何が見えているのか、同じ能力を持たないルシファーには分からない。そのことが辛く思えた。


「それぞれに理由があるんだよ。いい生活を夢見て殺す人もいるし、憎くて攻撃する人もいる。でもリリスだって美味しい肉を食べるために、狩りをするだろう? 世界は弱肉強食といって、弱いものは強いものに殺されてしまうんだ」


「まだリリス姫様には難しいのでは?」


 オレリアが気遣って口を挟むが、ルシファーは首を横に振った。本人が気付いていないだけで、リリスが狩ったコカトリスもオークも、彼らの側から見れば悪魔の所業だ。


「……パパやアシュタも?」


「ああ、もっと強い奴がいたら殺されるだろう」


 嘘を吐かない。それだけを心がけて伝えた。


「リリスが狩りをすれば殺される魔物が出る。でも狩りをしないとご飯がなくなる。リリスはご飯のために狩りをするのは、悪いことだと思うか?」


「わかんない」


「そうか……ゆっくり考えればいい」


 生きていくために必要最低限の行為と、贅沢をするための行為。違いはいずれ気付くだろう。頬を濡らした涙をそっと拭うと、リリスは抱き着いて顔を埋める。ぽんぽんと背中を叩いて宥めながら、友人を失ったアスタロトへ目を向けた。


「彼のことは残念だった」


「ええ……最後まで人の話を聞かなくて。自由に生きた結果です」


 突き放したように言いながら、彼の行為は言葉を裏切っていた。あの場で焼くという選択肢を選ばず、どこか土に還せる場所を探すためにハルピュイアを連れ帰ったのだから。

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