193. 女性の年齢に触れていはいけません

 アルラウネが生息する領域は、エルフ達が管理する領土の一部だった。理由はアルラウネがほぼ植物に近い生態のため、他者から身を守る術がないためだ。意思があり話が出来る時点で、魔族として受け入れられている。


「彼女らは恐怖で葉を枯らしてしまって」


 説明を買って出たエルフが眉を寄せる。案内された場所は確かにアルラウネを抜いた穴が残っており、周囲に残った小さな株は葉を茶色くし項垂うなだれていた。


 エルフ族の領土の中で一番外側、人族の領域に近い場所にアルラウネの繁殖地がある。どうしても中央に比べて守りが薄くなるのだ。今回もアルラウネの悲鳴を聞きつけたエルフがいなければ、発見はもっと遅れていただろう。


「隣で同族が狩られれば恐怖も感じるだろう」


 しゃがんで、そっと小さな株に手を添える。魔力を少し注ぐと、緑色に戻った葉が揺れた。だがひとつずつ魔力を注いでる余裕はない。


「少し魔力を使う。離れていろ」


 エルフに警告してから、目を閉じた。強すぎる薬は毒になるため、アルラウネの気配を感じる領域全体を魔力で薄く囲い、自らの魔力を分け与えていく。一回り大きくなったアルラウネを確認して、高めた魔力を散らした。


 応急処置だが、これで繁殖期を早めて絶滅を防ぐことが可能だ。


「パパぁ……」


「起こしちゃったか」


 魔力の親和性が高いリリスは、欠伸をして目元を擦る。ラミアの子守唄で眠らせてもらったのだが、どうやら釣られて魔力を高めたらしい。可視化するほど高い魔力がゆらゆらと炎のように彼女を取り巻いていた。


「誰か、喜んでる?」


 アルラウネが葉を揺らす地面を見回して、リリスは頬を緩めた。見た目は普通の薬草と変わらないアルラウネを指差し、「あの子」と指摘する。


「魔力を分けたんだ。それで喜んだのかな」


「美味しかったって笑ってる」


 まるで普通の魔族と話すように手を振ってアルラウネを見つめるリリスは、魔力の色で感情を読み取っているらしい。普段から人の感情と魔力の色の違いを目で見てきた彼女だから出来る技だった。


「あ、オレリアちゃん」


 ……ちゃん付けされる年齢か? 女性に対して失礼な考えが過ぎるルシファーだが、表面上は微塵も見せない。微笑みながら、木の枝を駆けて来るオレリアを待った。彼女の実年齢は1200歳前後だったか。


「リリス姫様、ルシファー様、ありがとうございます」


 ハイエルフである彼女は、この地が魔王の魔力によって活性化したことに気付いている。真っ先に礼を言うと、花のある草を避けて膝をついた。


 緑の髪と瞳が特徴のエルフだが、ハイエルフは少し色が薄い。しかし能力には格段の差があり、彼女はエルフの首長直系のため特に強い魔力を誇った。腰を超える長い髪は上でひとつに結っているが、膝をついて傅くと地についてしまう。


「ああ……立っていいぞ」


 声をかけないとずっとこの状態だ。ハイエルフの忠誠心を知るルシファーが許可を与えると、彼女は少しだけ身体の緊張を解いた。


「オレリアちゃん!」


 リリスは無邪気に再会を喜んでいる。きちんと名前を覚えたのは、ルシファーが目の前で呼んだからだろう。はしゃいだリリスが伸ばした手に、したから支えるように手を触れるオレリア。きゅっと小さな手がオレリアの指を掴んだ。


「すまないが、リリスの手を握ってやってくれ」


 いろいろあった報告は、すでにハイエルフにも届いている。それぞれの種族が出している斥候は優秀なのだ。互いを監視し、人族の侵入を感知する上で、斥候達の役割は重要だった。


 リザードマンの沼地を戻したことも、ラミアの仇を討ったことも、すべて報告を受けた。魔王妃候補であり、可愛らしい幼女でしかないリリス姫が、人族に暴言を吐かれた忌々しい事件も……オレリアは知っている。だからルシファーの願いの意味を正しく理解した。


「はい」


 オレリアが素直に頷いてリリスの手を両手で包み込む。互いの体温が交じり合うと、リリスはほっとしたようで、再び欠伸をひとつした。


「陛下、終わりました」


 珍しく空を飛んできたアスタロトが、翼をたたんで降り立つ。返り血で濡れていた姿は綺麗に整えられ、城で普段見かける様子と大差なかった。リリスがいるので気遣ったのだ。


「お疲れ、アスタロト。残るは風の妖精族シルフの森か」


「はい。追加報告がございます。砦に残されていたのですが……」


 言いづらそうにアスタロトが取り出したのは――報告になかった被害者だった。 

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