311. パンドラの箱を回収せよ!
穏やかな日差しを浴びながら、ルシファーは遠い目をしていた。
「陛下、パンドラの箱を取り返してください」
「やだぁ」
「危険だから封印した物を与えるなど……何を考えていらしたのか」
進言するベールに、拒絶するリリス。後ろから呆れ声でアスタロトが止めを差す。すっかり元通りになった側近の逞しさに、喜んだらいいのか。それとも少しは反省しろと沈めた方がいいのか。ルシファーは板挟みだった。
ここでアスタロトを追い討ちしたら、間違いなく返り討ちにされる気がする。そのため反論できずに、ルシファーは流れる空の雲を見ていた。
「陛下、聞いておられますか?」
「……聞こえてる」
聞いていないが、聞こえている。視線を戻すと、腕の中のリリスは『お菓子が湧き出る魔法の箱』を大切そうに抱きしめていた。これを取り上げるのは嫌われそうだ。
「リリス、他にもお菓子がでる宝石箱があるから交換しようか」
「やだ」
妥協案も蹴られてしまう。執務室の外はよい天気で、外で昼寝なんてしたいと現実逃避を始めた。戦というより、一方的な駆除も終わったことだし……あと数年は勇者騒動どころではないだろう。人族も落ち着いたことだし、ここは視察なんていいかもしれない。
完全に逃げに走るルシファーの思考に気づいたアスタロトが、大げさに嘆いてみせた。
「側近の私が不甲斐ないばかりに、魔王陛下は私の進言すら聞いていただけないのですね」
舌打ちしたい気分で、逃避していた意識を引き戻す。暴走事件後は、何かにつけて自虐して嘆く手法を身につけた、アスタロトの狡猾さに内心で舌打ちしながら、リリスの手に握られた宝石箱に眉尻を下げた。
「リリス、その箱は悪魔が出るぞ」
お化けが出るぞ感覚で脅せば返すと考えたが、リリスは逆に目を輝かせた。両手をぶんぶん振るので、危険を感じて指先を掴んでしまう。
「出たら、どかんして捕まえるの!」
「あ……ああ、そうか。いや……前にオレが退治してるから出ないかも」
前言撤回である。敗走を続けるルシファーの『パンドラの箱回収作戦』は、これで15回目の失敗だった。無理やり奪うことは可能だが、泣いて怒るリリスに嫌われるのが恐くて手が出せない。
「こっちの箱はどうだ? 一度にたくさんのお菓子が出るぞ!」
別の宝石箱を引っ張り出す。魔王城の宝物庫は危険な封印物が多数あるため、収納魔法で片づけて忘れていた箱をみせた。これは危険な曰くはなかったはずだ。
透かし彫りの黄金の内側は、色とりどりの宝石がはめ込まれている。カラフルで美しい箱の中は幻想的で、ステンドグラスのようだった。窓から入る日差しに、埋め込まれた
リリスによく見えるよう目の前に掲げた。色石を通した光が、リリスの白い肌に模様を描く。花や氷など自然物の形に透かした黄金の箱は、芸術品としても一級品だった。
「きれぇね」
「交換しよう」
「……でも」
初めてリリスが迷うそぶりで口ごもった。パンドラの箱と、一回り大きな透かし彫りの箱を見比べる。交換してくれるかもしれないので、箱に魔法陣を付与してお菓子が出るように大急ぎで加工した。開いて閉じてを繰り返すと、一度に3個ずつお菓子が出る。
「ほら、お菓子がでるだろ?」
息をのんで見守る側近達の前で、リリスは「うーん」と指をくわえて考え込んだ。彼女は気づいているのだ。そこまでして交換したがるなら、手にした箱の方が価値があるのではないか? と。
「お菓子、ずっと出る?」
「オレの魔力があるかぎり、ずっとだ」
「なら交換してあげる」
にっこり笑って、手にした金剛石の箱を差し出したリリスに「ありがとう」とお礼を言って、気が変わる前に受け取った箱をしまった。目の前から消してしまえば、もう返せと言われてもこっちの勝ちだ。黄金の透かし彫りの箱を両手で抱えたリリスは、箱をぶんぶんと縦に振った。
「パパ、お菓子!」
「蓋を開け閉めしてご覧」
開けると3枚の焼き菓子が入っていた。目を輝かせて中身を出し、ルシファー、アスタロト、ベールに1枚ずつ渡す。すぐに蓋を閉めて、次に出てきた飴細工に頬を緩めた。花の形をした飴を口に放り込み、幸せそうに笑う。
「陛下、ところでこのお菓子の出所は……」
「ちゃんと私費で払ってるぞ」
自分のポケットマネーだと言い切ったルシファーだが、後日ベルゼビュート経由で公費横領を指摘されて、大公総掛かりで叱られる羽目になった。
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