312. ポケットマネーの出所
ベルゼビュートが計算した書類を突きつけられ、ルシファーは首を傾げた。
「……おかしいな」
「ええ。陛下の使い込みは問題ですね」
使い込んだつもりはないルシファーにしてみたら、濡れ衣でしかない。計算書を手に取り、消えた横領金の金額欄を睨みつけた。
正直、金額的には大したものではないが、魔王城の経費の計算が合わないのは問題だろう。何しろ元の金の出所は魔族の民が納めた税金なのだ。
少額でも合わないでは済まない。そしてルシファーは気づいた。計算書に記載された金庫の番号に見覚えがあった。
「やっぱり変だ」
「確かにお菓子の金額にしては大きいですが……」
「いや、問題点は金額じゃない」
書類を執務机に置いたルシファーが、ぼそっと呟いた。その内容に大公4人は驚く。
「この番号って、オレの金庫だろ? どうして問題になってるんだ。自分の金をどう使おうと関係ないのに」
「「「「え?」」」」
かなり纏まった金額が残る金庫の番号は、普段からルシファーが個人的な支払いがあると使っている番号だ。過去にもリリスの服やお菓子、飴の支払いを行なった番号だった。なぜ今回、この番号が問題になっているのか。
本気で理解できないルシファーの発言を吟味したベールが、一番最初に気づいた。
「ルキフェル、陛下の金庫の番号はわかりますか?」
「うーん、54795411だったかな」
手元の書類を見ると、似たような番号が並んでいる――54795417。最後の1桁が違うだけ。手元の計算書の番号を眺めたベルゼビュートが、納得した様子で指摘した。
「つまり、陛下は悪気なく自己資金のつもりで、補助経費を使ってたわけね」
「……オレが悪いのか?」
「「「「そう(です)ね」」」」
4人に口を揃えて返答され、ルシファーは申し訳なさそうに肩を落とした。わざとではなかったが、横領した形になったのは間違いない。
今回はたまたま請求書に気づいたから発覚したが、一歩間違えれば数十年単位で見過ごされた可能性もあった。
「悪かった」
素直に謝罪した魔王の様子に、離れた場所でお絵描きしていたリリスが駆け寄った。
「パパ、悪いことしちゃったの?」
「うん……たぶん」
膝の上に抱き上げてリリスの黒髪を撫でると、彼女はぎゅっとルシファーに抱き着いた。それから膝の上で振り返り、大公達にぺこりと頭をさげる。
「リリスもごめんするから、もうパパを怒らないで」
「大丈夫ですよ、リリス嬢。誤解が重なった結果ですし、今は誰も怒っていません」
「ほんとう?」
「ええ、陛下の金庫からお金を戻せば問題ないですよ」
アスタロトの説明に安心したリリスがにっこり笑って、ルシファーを改めて抱きしめ直した。反射的にリリスを抱き返したルシファーは、彼女の行動に驚いている。
「リリスは大人になったなぁ」
「その分、陛下が子供になってますけれどね」
ベールが嫌味を口にして、盛大に溜め息をついた。金庫の番号を間違えていたということは、まだ他にも使った経費があるはずだ。
「ベルゼビュート、補助経費の再計算と金額合わせをお願いします」
「ええ? あたくし、明日から視察なのよ」
だから家に帰って寝たい。素直な欲望を口にしたベルゼビュートへ、いい笑顔を浮かべたベールが反撃した。
「他の仕事を免除しているんですから、今夜中に再計算してください。お嫌なら、視察から帰った後に署名を手伝っていただいても構いませんよ?」
「……わかったわ」
渋い顔で承諾したベルゼビュートに「本当に悪い」とルシファーが両手を合わせる。
「仕方ないですわ。勘違いですもの……で、いつから間違えて使っていらしたの?」
補助経費は100年に一度しか確認しないため、最後に金庫の金額を帳面と照らし合わせたのは、80年ほど前だ。どこまで遡ればいいか確認したベルゼビュートの声に、ルシファーは真剣に考え込みながら記憶を辿る。
「3回前の本物の勇者と戦った頃、か」
「……つまり前回の金額合わせの後、すぐですわね」
80年ほど前に調整した後から、ずっと間違えていたらしい。補助経費はそこそこの金額が用意されていたため、長い間、誰も気づかなかった。
とぼとぼと金庫のある地下室へ向かうベルゼビュートの背中を見送り、ルシファーは大きな溜め息を吐いた。
「陛下は今後気をつけていただくとして、リリス嬢は何を持っているのですか」
尋ねたアスタロトに、リリスは嬉しそうに絵を差し出した。執務机の上に置かれたカラフルな絵は、横領疑惑の魔王を問い詰める大公4人の姿だった。
「よく描けていますね。額に入れて飾りましょう」
「やった!」
喜ぶリリスの姿に「やめよう」と言い出せなくなったルシファーは口を噤み、翌日の朝にはリリス作の絵が額入りで飾られていた。
ちなみに、アスタロトの手筆で『権力構造』という意味深なタイトルが添えられていたのは、余談である。
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