1105. 痣が出たり消えたり?
魔族の中に大量の「勇者の痣保有者」がいると判明したものの、名乗り出るように命じるのも変な話である。そもそも勇者の定義がよくわからないのに、戦っていたのがおかしいのだ。誰も指摘しなかったから慣習化したに過ぎない。
「勇者に関しては、話しかけられた順番で優先権が発生する形で構わないでしょう」
魔王軍という個性的な集団を纏めるベールは、あっさりと話を決めてしまった。長寿種族はのんびりした性格が多く、会議をすると長引く。几帳面な上、やたら忙しいベールはずるずる続く会議を嫌う傾向が強かった。その意味では、ルキフェルも似たタイプである。気が合うのも道理だろう。
「任せる」
こういう場面では側近に丸投げ魔王は、膝の上のお姫様の頬を撫でたり、髪を弄るのに夢中だった。ずれてしまった髪飾りを直すついでに、新しく追加してみる。固定魔法陣があるため、髪に負荷をかけずに幾らでも髪飾りがつけられるのは便利だ。
「魔物が増える件はいいの?」
「別に構わないぞ。そのために魔王軍やベルゼが巡回してるんだからな」
リリスの疑問へ、あっさりとルシファーが返す。事実、下手に魔物が減りすぎると困るのだ。魔王軍の仕事が無くなれば、予算を削ることになる。人員削減にでもなったら、失業者が増えるではないか。ほぼ公共事業感覚の軍は、魔の森の魔物間引きが主な仕事だった。以前はそこに人族の侵入を見張る、が含まれていた。
「あと3年は大きな行事もないね」
ルキフェルが資料を片付けながら笑う。ここ十数年が忙し過ぎたのだ。リリスが生まれてからを思い出しながら、ルシファーは肩を竦めた。純白の髪がさらりと肩を滑る。
「この期間に休みを取りたい者を順番に休ませてくれ。調整を任せてもいいか?」
「うん。研究の間に出来るからね」
魔王城の関係者はルキフェルが、魔王軍はベールが担当することに決まった。彼らが共同で使う執務室を後にしたルシファーは、腕を組んだリリスを見下ろす。
先ほど話していて気づいたが、僅か100年前にはリリスがいなかった。驚きだった。ずっと一緒にいるような気がする。特にここ数年は記憶が濃厚で、数万年の記憶に匹敵するんじゃないだろうか。
「どうしたの?」
きょとんとした顔で見上げる婚約者の黒髪にキスを落とす。ふふっと笑ったリリスが、ぎゅっと腕に力を込めた。少女らしさを増したリリスに、拾った赤子の頃の表情が重なる。
「いや。リリスと出会って20年経ってないことに驚いただけだ」
拾った頃はこんなに大切な存在になると思わなかった。赤い瞳がくるんと大きくて、ある日左手に勇者の痣が出て騒いだっけ。色んな経験をしてここまで育ってきたリリスは、まだ経験不足が目立つ。それでも今の彼女が隣にいてくれることが、幸せだと心から思えた。
「そう、ね。そうよね。時間感覚が曖昧だけど、私まだ15歳なんだわ」
「結婚が18歳は早過ぎるかな。お姫様」
「あら。ずっと一緒にいるなら肩書きが変わるだけだもの、同じよ」
笑うリリスを抱き上げた。そこで気づいて左手の甲を確認する。リリスも斜めにしたりしてじっくり確認した後、ぼそっと呟いた。
「勇者になっちゃった」
「いや、消えたり出たりするものなのか?」
そもそもの前提がわからない。他の魔族も出たり消えたりするのか。これは統計を取ってもらった方がいい。リリスの白い肌に浮き出た赤い痣に、ルシファーは唇を寄せた。軽くキスして離れた肌に、リリスも同じように唇を重ねる。
「私もルシファーの対だわ」
勇者と魔王は対である。その謂れがどこから出たのか不明のまま、魔の森の娘は嬉しそうに口にした。
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