956. ダメじゃなくて嫌よ
「人族が空から降ってきた件だよ」
ルシファーが口の中の焼き菓子と格闘している間に、あっさりルキフェルがバラした。こういう話に関わらせないようにして来たのは知ってるけど、そろそろリリスにも勉強の機会が必要だよね? ルキフェルの視線に、詰め込まれた焼き菓子を噛み砕きながら肩を落とす。
無言の攻防を見守ったベールが、さらに説明を付け加えた。
「たくさん落ちたわね。周りの子たちにぶつかったらどうするのかしら、迷惑だったわ。私の雷の方がよほどマシ」
「「「それはどうだろう(でしょう)?」」」
3人が思わずハモる。無言で口を両手で押さえたヤンは、なんとかハモリそうになった言葉を飲み込んだ。大量の焼き菓子をヤンの前に積みながら、リリスはきょとんとした顔で「そうよ」と彼らの疑問を否定した。ほぼ確定の呟きだった魔王と大公は顔を見合わせ、それ以上の追求を諦める。
当事者に罪の意識がない以上、責めても叱っても無駄になるのだ。リリスの雷の迷惑さも大概だが、ここでズレた話題をルキフェルが戻した。
「空から降ってくる方法、リリスは何か思いつく?」
自分達は当たり前に出来るから、思いつく方法は魔力任せの大技だ。しかし魔力が皆無に近い人族の考えは、様々な視点で確認しないとわからない。リリスは森の娘であり、自分達が見落とした兆候や異常を感知した可能性もあった。
「そうねぇ……穴から落ちた、とか」
「穴……」
ぼそっと繰り返したところで、ルキフェルが眉を寄せる。考え方の基礎部分が間違っていたかも? 空に穴が開かないと決めつけるのは危険だ。考えが固定化されれば、柔軟な対応が出来なくなる。
ルキフェルは、人族を自分達と同じ高さから空に上げる方法を考えた。しかしリリスは上にいた人間が穴に落ちたと呟く。その違いは頭の柔軟さだけじゃないだろう。自覚なく彼女が何かを言い当てたとしたら。
「落ちたとしたら、どこから?」
高い山の上? 森の木の上? それでは説明が付かない。もっと高い場所だが、そこを飛ぶ理由は何だろう。いや飛ぶ方法がない。魔族なら簡単に解決する話が、相手が魔力のない人族だというだけで行き詰まってしまった。
「ルキフェル、少し休憩しなさい。いまはお茶の時間です」
根を詰める性質のルキフェルを気遣い、ベールが彼を引き寄せた。歳の離れた弟を気遣う兄のような優しさに、ルキフェルは肩の力を抜いて瞼を伏せる。全身の力を抜いて、肩に寄り掛かった。そんなルキフェルの水色の髪を丁寧に撫でるベールは、口元を緩めた。
「……ねえ、ルシファー」
「なんだ?」
同じように肩を貸して欲しいのか? それとも逆がいいか。そわそわしながら期待を滲ませるルシファーの思惑は、向かいのベールを苦笑させた。なんとも分かりやすい主君である。
「明日のおやつはプリン作るわ」
「……うん、期待してる」
とても期待している口調や声色ではないが、ルシファーは及第点の返答を口にした。ばりばりと牙で焼き菓子を噛み砕くヤンが、気の毒そうな眼差しを向ける。甘え、甘えられる雰囲気が台無しだった。
「魔力がないと不便だわ」
突然のリリスの発言に、ルシファーは眉尻を下げた。処罰であるため、簡単に解いたら意味がない。しかしリリスに不便を強いるのは気が引けた。今まで何でも魔法で解決してきた彼女にとって、いまは不安だろう。伸ばした手に、リリスは無邪気に指を絡めて繋いだ。
「でもそれが楽しくなってきたのよ。お料理は爆発しないし、皆がいつもより優しいから。私が何も出来ない子でも、呆れたりしないの……凄いわ」
そこまで一息に説明し、リリスはルシファーを見上げた。蜂蜜色と月光色の瞳が互いを映し出す。
「魔王であるルシファーが、民にどれだけ愛され、愛してきたのか……やっと理解した気がするの。だから悩んでは嫌よ」
ダメと禁止するのではなく、嫌だからやめてと頼む言い回しは変化の一端だろう。目を見開いたルシファーは、すぐに表情を和らげて頷いた。
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