350. 代償は高くつくぞ

「余の居城の庭先で、何を騒いでおる」


 仕事バージョンで対応したのは、右側の白衣を着た数人が魔族だからだ。明らかに人族が持ち得ない、大きな魔力を内に秘めていた。


「魔王だと!?」


「くそ、また敵が増えた」


 白衣側と人族の魔術師側の認識に、多少の食い違いがある。白衣の連中は魔王が来たことに驚いているが、魔術師はこちらを魔族という一括りで判断していた。


「我が君、魔獣が混じっております」


 魔術師が使役する中に、ゴブリンなどの魔物に混じり、狼系の魔獣がいた。気づいたヤンが怒りの咆哮ほうこうをあげる。


「我が眷属を操るとは、許し難き暴挙! 滅びよ」


 フェンリルは一瞬で元の大きさに戻ると、毛を逆立てて唸った。魔力を乗せた咆哮で魔獣を操る術の打破を試みる。


 響き渡る狼の遠吠えに、周辺から魔狼達の声が返った。魔王城は魔獣が多く住み着く森の奥にあり、現在の魔狼の長であるセーレを始めとした魔獣達にとって重要な場所なのだ。幼き頃に魔王の手で守られて育ち、年老いてのち魔王の足元で朽ち果てる。それが魔獣にとっての最高の栄誉だった。


 長を引退したヤンがルシファーの側で過ごしたいと願ったのも、こうした魔獣の考え方が大きく影響している。その魔王に牙を剥くことは、操られた魔獣にとって最大の恥辱だ。


「我が君への忠誠を見せる時ぞ!」


 ヤンの号令一下ごうれいいっか、もの凄い勢いで魔獣が集結する。我に返った魔獣も加わり、一気に戦力が拡大した。大量の魔狼の群れに、リリスは目を輝かせる。


「魔狼族は下がれ。ここは余の遊び場だ」


「はっ」


 首を垂れて伏せたヤン以外の魔獣は、リリス達を守る結界の前に下がる。魔王の背後であり、魔王が大切にする少女達の盾になるためだった。彼らの覚悟に、ルシファーは満足そうに頷く。


「まず人族の魔術師は、何故なにゆえ余の領域に入った?」


 対話の姿勢を見せる魔王へ奇妙な顔をするが、魔術師の1人が叫び返した。


「人さらいをしたくせに、魔族が理由を問うのか!」


「……人攫い?」


 人族の動向は監視を置いていた。しかし監視役のハルピュイア達は、『人族が魔族の領域に侵攻しないか』を見ているだけだ。人族に対して危害を加える魔族がいたとしても、気づかなかった可能性が高い。仲間を攫われたり傷つけられたなら、こうして魔の森の奥まで追ってくる理由に納得が出来た。


 5年前の戦いで分裂した3つの国のいずれかで、魔族による人攫いがあったのなら、それは調査の対象になる。考え込んだルシファーに向かって、大きな炎が放たれた。


 パシンッ! 派手な音で結界に弾かれた火炎が周囲の木に燃え移る。ルーシアがすぐに魔法陣を使って、魔の森への延焼を防いだ。手を叩いてルーシアの活躍を喜ぶリリスとハイタッチしている。どうやら背後の心配は不要らしい。


「ふむ……魔族でありながら余に弓引くか」


 どうやら悪いのは人族側ではなく、魔族側のようだ。冷静に判断しながら、後ろの結界を広げる。リリス達の前で盾になる覚悟を決めた魔獣を、結界内に包んだ。先ほどと同程度の攻撃がまだ襲うとしたら、魔獣に被害が出てしまう。


「うるさい!」


 叫んだ白衣の男がこちらへキマイラ達をしかけた。唸りながら攻撃態勢に入ったキマイラは2種類だ。ミノタウロスにワイバーンの翼が生えたモノ、四つ足で移動するトカゲのような生き物の背にゴブリンが埋まっているモノ。どちらも人為的な実験で生まれた被験者のようだ。


 自然が生み出すはずのないおぞましい姿で攻撃を仕掛けるキマイラ達に、ルシファーは黙祷もくとうするように目を閉じた。


「せめて苦しまなくて良い方法で送ってやろう」


 魔王の称号に相応しい純白の姿で、黒い4枚の翼を広げた。開かれた銀瞳が溢れた魔力に煌めきを増す。魔力量と格の違いを見せつけながら、逃げ出そうとした白衣の男達を指差した。


「どの種族か知らぬが、代償は高くつくぞ」


 逆らうことは咎められない。強さをたっとぶ魔族にとって、下剋上げこくじょうは歓迎されるくらいだ。しかし弱い種族から搾取さくしゅしたり、禁術を使った実験は別だった。


 犯した罪には、ふさわしい罰が必要だった。

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