84章 ちょっと忘れ物を
1155. 思わぬ事態が立て続け
駆け込んだのは、ハイエルフのオレリアだった。彼女は青ざめた顔で、ベールの前を遮る。珍しいこともあるものだと足を止めた大公に、膝を突いて口を開いた。
「ご報告いたします。さきほど、魔物の大量発生が確認されました」
「魔物が溢れましたか」
吐き捨てたベールが顔を顰める。散らばる魔王軍を集めて対処するより、ルキフェルやベルゼビュートと処理する方が早い。早々に判断したベールは、オレリアに伝えた。
「複数の大公が対応しますので、場所の案内だけお願いします」
口調が穏やかなベールの決断に、オレリアはほっとした顔で崩れ落ちた。よほど急いだのだろう、魔力の余剰を考えずに転移したらしい。それだけ大規模な魔物の群れが押し寄せた証拠だった。しばらくは持ち堪えるだけの戦力はあるが、最終的に数の多さに押し切られてしまう。あまり悠長に構える余裕はなかった。
一言、報告だけはしておきましょう。ルキフェルの方へ向けていた足を、ルシファーの執務室へ戻す。この判断が分かれ道だった。後になれば分かることを、この時に知る者はいない。足早に戻ったベールの報告に、ルシファーが立ち上がった。
「オレが片付けてくる」
「ダメです。書類が山積みなのですから許可できません」
自分の仕事を終えてから言いなさい。ルシファーにくれぐれも外出しないよう言い含めた。ベールとルキフェルが出れば、この城が空になる。そう言われると、ルシファーも動けなかった。
リリスがいないこともあり、八つ当たりしたかったのだが。ルキフェルに譲るか。溜め息をついて椅子に座り直す。仕方なく書類を手に取り、目を通してから署名した。作業を再開したルシファーに頷き、ベールは今度こそ研究室へ向かう。
中庭へ続く廊下で待っていたオレリアを連れ、研究室の扉を開いた。直後、爆発が起きる。いつものことで、結界を張っているベールに問題はなかった。後ろにいるオレリアも庇われた形で無傷だ。
部屋に立ち込める煙が消えて見えた景色に、ベールは言葉を失う。ルキフェルの腹に突き刺さった剣、その柄を握る少女――考えるより早く動いた。怒りで真っ赤になった視界が揺れる。
「貴様っ、魔物の分際で!」
死ねと思うより早く、少女を風で切り刻む。足元に生み出した白い炎が肉片を包み、一瞬で蒸発させた。灰であっても、少女の破片は残さない。滅し尽くす強い怒りの現れだった。しゅっと軽い音を立てて消えた少女がいた場所に駆け寄り、ルキフェルの頬に手を当てる。
目を開いたルキフェルが「あれ、は?」と呟いた。
「消滅させました」
「……そう」
ルキフェルは大きく深呼吸し、自ら剣を抜こうとする。その動きで身を捩るたび、赤い血が溢れた。
「動かないでください。私が抜きます」
立ち上がったベールの手が柄を握り、真っ直ぐに抜き去る。放り投げて捨てた剣が、がらんと乾いた音を立てた。刃を揺らさぬよう抜いたため、出血は徐々に収まっている。我に返って駆け寄ったオレリアが治癒を始め、それにベールが重ねた。
精霊女王であるベルゼビュートより、幻獣霊王のベールの治癒は早い。だが相手の体力を使っての治癒になるので、対象者の状態によっては使えないこともあった。大公ルキフェルならば、体力も魔力も問題ない。だが治りが遅い。思い当たるのは、毒だった。
「オレリア、一度離れなさい」
無言で後ろに下がった彼女は、倒れている別の研究員を助け起こした。ベールは治癒を中断し、解毒のために翼を広げる。霊力を高めて神獣と同じ治癒を試みた。鳳凰も虹蛇も、神獣や幻獣が持つ治癒は特殊だ。ルシファーが使う治癒とも違う。
輝く光が彼らを包み、やがて散って消えた。
「……ん、ベール?」
「どこか痛いところはありませんか?」
「うん」
頷いたルキフェルは身を起こし、驚いたような顔をした。自分の手足を確認し、急いで立ち上がると叫ぶ。
「なんで大きくなってるの!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます