224. 選ばれない子が可哀想だもん

「パパ、ルカちゃんも!」


 人族の拠点を潰した時に発見した狐尻尾の少女の名を叫んだリリスに、アスタロトが諦めて頷いた。候補者のリストを手にしたベールも肩を竦めるが、反対意見は出ない。


 そもそもがを選ぶ場なので、彼女の意見が最優先されるのは当然だった。ルシファーが手元の書類にルーサルカの名前を記載する。この時点で、絞りに絞った候補が15人……多すぎる。


 執務机に座るルシファーの隣にいるヤンは、背中にリリスを乗せていた。牛程度の大きさなので、跨らずに横すわりしている。以前に大型犬サイズのヤンに乗ったリリスは、ご機嫌で馬のように跨った。


 スカートが揺れて捲れるたびに、ルシファーが悲鳴をあげて風魔法でスカートを押さえる事態に陥ったのは、城内でも知る人ぞ知る逸話のひとつである。


「リリス、5人までにしようか」


「どうして? お友達たくさん欲しい」


 最初の段階で『お友達』を選ぶイベントだと教えたのが間違いだった。しかし、まだ保育園を卒園したばかりの少女に、他の説明方法があったかと問われれば難しい。お友達は沢山いてもいいのだが、側近はリリスを支える能力や性格の判断も必要なので、すべて彼女の希望通りに出来ない可能性もあった。


「お友達はたくさんでいいけど、一緒にお勉強するのは5人までと決まってるんだ」


「いつ決まったの?」


 今だよと答えたい気持ちをぐっと抑えて、ルシファーは曖昧に微笑む。すると助け舟を出したのはベールだった。


「陛下の側近は4人でしょう? 私とルキフェル、アスタロト、ベルゼビュート。リリス姫も同じくらいの数にしましょうね」


「うーん」


 ちょっと不満そうに唇を尖らせるが、実例を出されて納得したらしい。名前が書いてある紙をもつルシファーの膝の上によじ登った。落ちないように抱き直して、紙を睨みつけるリリスの黒髪に唇を押しあてる。今日は結ばない日だと宣言したリリスの黒髪は、梳かしただけで流していた。


 旋毛、耳の上、頬とキスをするルシファーを、リリスが無造作に手で遮る。しょんぼりしたルシファーが大人しく待つ間、唇を尖らせていたリリスは紙を指差した。


「パパ、読めない」


「そうだね。パパが代わりに読もうか」


「うん」


 読めるように学ぶ環境を整えるための学友選びである。まだ読めないリリスに、上から名前を読み上げた。


「アリッサ、ターニャ、リリーアリス、ロザリア、ルーシア……」


「パパはどの子がいい?」


「リリスと仲良くできれば、どの子でもいいよ。リリスが自分で選ばないのか?」


 するとリリスは泣き出しそうな顔をして振り返った。器用に身体の向きを入れ替えると、首をかしげて言葉を待つルシファーの首元を掴んで抱き着いたリリスは、蚊の鳴くような小さな声で呟く。


「選ばれない子が可哀想だもん」


 アスタロトとベールが顔を見合わせ、ふっと笑みを浮かべたルシファーはリリスを抱き締めた。泣いているのか顔をあげない娘の背中をリズムをつけて叩きながら、まだ幼い子にどう理解させるべきか考えをめぐらせる。


 可哀想というリリスの気持ちはわかる。選ばれたいと思っている子が大半で、親や一族の期待もあるから選んであげたいと考えるのも当然だった。だが魔王妃とは執政者側に立つ存在だ。魔王の不在時に妻として代理権を持つ以上、身を切る辛い決断も必要になるだろう。


 今はまだいい。そんな決断をさせて、柔らかで感受性豊かな心を傷つける気はなかった。しかしまったく知らないままで過ごさせるのはもったいない。折角リリスが真剣に悩む課題を得たのだから、これも教育の一環として活かしたかった。


「リリスは選ばれなかった子とは、もう遊ばないのか?」


「やだ。遊ぶ」


「遊びたいお友達とお勉強を一緒にするお友達を、それぞれ選ぶ必要があるんだ。お勉強を一緒にする子だけ5人選ぼう。そうしたら、他の子は遊ぶお友達をお願いすればいい」


 優先順位をつけて選ぶ必要性を説明したルシファーは、胸元に顔を埋めたリリスが落ち着くのを待った。大きく深呼吸したリリスが顔をあげ、少し赤い目元で笑う。


「決める!」


「よし、もう一度名前を読むから選んだ子を教えてくれ」


 リストの名前を読み上げるルシファーに頷いたリリスは、数人を選んだ。彼女が選んだのは5人ではなく4人。水の妖精族ウンディーネルーシア、竜人族ドラゴンレライエ、鳥人族ジズシトリー、狐半獣人のルーサルカだった。水、火、風、土とバランスもいい。


「よく出来たな。他の子に遊び友達になってくれるように、アスタロトから伝えてもらおうな」


「うん。お願いね、アシュタ」


「かしこまりました」


 上手に決めたリリスに微笑んだアスタロトは、ルシファーが記した名前のリストを受け取る。ベールが膝をついて目線をあわせ、リリスを「偉かったですね」と褒める。


 嬉しくて照れた顔を赤くしながら、リリスは大きく頷いた。

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