59章 お祭りはそれでも続行
821. 即位記念祭の続き
「即位記念祭はどこから続きをやるの?」
ふらりと部屋に押し掛けたベルゼビュートの問題提起で、リリスと朝食を楽しんでいたルシファーが首をかしげた。お姫様は皮ごと食べられる葡萄を噛みしめている。口が空いたタイミングで、次の粒を唇に押し当てられ、ぱくりとまた口に入れた。
リリスに給餌行為を続けながら、ルシファーもリンゴを口に放り込む。しゃくしゃくといい音を立てて食べる姿につられたのか、空いた椅子に座るベルゼビュートが柑橘を齧った。
しばらく食事が続き、思い出したようにルシファーが提案する。
「昨夜は星降祭りだったんだから、その続きからでいいだろう。6日目はあれか、子供達のお披露目だろう」
「それは昨日でしたわ」
リリスの時のことを思い出しながら呟いたルシファーに、ベルゼビュートが首を横に振る。それから彼女も前回の記憶をたどった。
「お遊戯会でしたっけ? 劇を見て火事になったのは……」
「あれは卒園式だ」
「そうでしたわ」
長生きしすぎると時間の感覚が曖昧になる。互いに行事を連ねていくが、どれも違っているようだ。そこへ朝の挨拶に来たシトリーが巻き込まれる。彼女は幼馴染みと朝まで過ごさないよう、預かった魔王城の威信を保つために、リリスの言いつけを守って顔を出した。夜更かししなかったという証明代わりだ。
行事に関しては記憶があやふやなまま議論するより、ルキフェルを呼んで尋ねることとなった。
「前回は赤黒蛇と格闘したんじゃなかった?」
「それは行事ではないな」
二度とサーペントを見たくないルシファーの眼差しは鋭い。肩を竦めたルキフェルは、研究で夜更かしした目を擦りながら、ひとつ欠伸をした。
「一般的には民を中心に行事が組まれて、魔王と大公がゲストに呼ばれてみて歩くんだよ。いわゆる屋台のイベント版。貴族もあれこれ行事を計画してたみたいだけど、こないだの騒動で……予定が狂ったんじゃないかな」
用意していた材料がダメになったり、それどころじゃなくて練習していなかったり。とにかくイベント自体が危うい。そう指摘され、この数日の騒動を思い浮かべて納得した。
「あ、そうそう。海から持ち帰った三角の頭……あれ、頭じゃないみたい。脳がないんだよ」
「解体したのか」
「明け方までかかったけどね。食べられそうだよ」
ふらつくルキフェルを心配してついてきたベールが、「食用でしたか」と呟いた。いや、食用じゃないだろ。見た目的にグロい。そう抗議したいルシファーだが、無言でリリスの口に苺を運ぶ。今発言するのは命の危険を感じるタイミングだった。
リリスは大人しく頬張った苺を飲み込みながら、膝の上でじたばたと足を揺らした。少し酸っぱかったらしい。甘い葡萄を続けて食べさせ、頬を両手で包んだリリスの愛らしさに口元を緩めた。多少現実逃避している間に、物騒な相談が続いていた。
「アベルだったかな、イザヤだったかも。とにかく日本人の知識によると、あれは頭じゃなくて胴体の一部っていうか。泳ぐのに必要なヒレみたいなものだって。僕の翼と同じかも」
「ルキフェルの羽はもっと立派で高尚なものですよ」
同じにしてはいけません。なぜかベールが意味不明な擁護をする。見ないフリで聞き流すルシファーだったが、突然リリスが手を叩いて目を輝かせた。
「食べられるなら、皆で味見しましょうよ! イベントになるし、民も喜ぶわ」
喜ぶかどうか……ちょっと微妙。ルシファーとシトリーの目くばせに気づかないリリスは盛り上がり、ルキフェルは研究者故の探求心で「僕、協力するよ」と同意してしまった。止めてくれる筈の魔王城の良心は、愛し子の暴走に目を細め「ルキフェルは研究熱心ですね」と微笑む。
魔王城の理性であるアスタロトがいない場で、想定外のイベントが立ち上がろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます