820. ヤンデレ父の秘密は公然

 アデーレに髪をとかしてもらいながら、ルーサルカは義父の不器用さに苦笑いしていた。まさか魔王ルシファーを叱ったのと同じ、窓からのダイブだったとは。そのまま空中で転移魔法陣を作り、着地と同時に姿を消したと聞いて、すごいと感心するより「ある意味、怖い」と思った。


「あの人、娘が欲しいなんて言わなかったから知らなかったけど、モンスターペアレントね」


 読んで字のごとし、まさしくモンスターな親である。義母となったアデーレが自分を着飾ったり、大切にしてくれるのは知っていた。しかし用意された服の中で気に入った数点が、アスタロトの用意したドレスだったと言われて、さきほど驚いたばかりだ。


「この可愛い服を突然持ってきて『渡しておいてください』っていなくなっちゃうの。最初は忙しいのねと思ったけど、続くとね……わかるじゃない。あの人照れて渡せなかったのよ」


 うふふ……こういうところが可愛いの。そう笑ったアデーレのしたたかさに、ルーサルカは口元を緩めた。即位記念祭のために用意されたドレスは5着。正確には8着用意された中から選んだのだけれど、そのうち4着がアスタロトの持ち込んだドレスだった。


「お義父様、私の好みの色をご存じだったのかしら」


「観察眼は鋭いわよ。あの魔王陛下を御してきた側近ですもの。見張って先回りするのが仕事だから、あなたの目が向いた色やデザインに気づいたのでしょうね」


 親と呼ぶには、アデーレもアスタロトも若い。実年齢はとんでもない桁数だが、見た目が兄や姉のような年齢差なので、どうしても呼び方にぎこちなさがあった。


「私、本当に恵まれています」


「まだ硬い話し方するのね。もっと砕けてアデーレ姉さまと呼んでくれていいのよ?」


「ね、姉さま……ですか?」


「やだ。冗談よ」


 くすくす笑い出したアデーレが、梳かし終えて櫛を鏡台に置いた。リリスの側近は4人とも私室が与えられ、魔王城に住み込んでいる。魔王妃予算で新しい家具を買っても構わなかったのに、アデーレは「城から持ち出した」と高価なアンティーク家具を運んだ。


 この鏡台ひとつとっても、驚くべき年数を経た高級品なのだ。拳サイズの宝石と交換できる家具は、精緻な彫刻が施されており、素材も黒檀だった。どっしりと重さがある家具だが、白蝶貝や螺鈿の飾りが美しく、女性らしい柔らかな曲線が多用されている。


「この家具だって、私が持っていくと選んだ物を『こっちにしなさい』って交換しちゃって。私が嫁いだ時より高級品を引っ張り出してきたんだから、失礼しちゃうわ」


 怒っているのかと思えば、正面の鏡に映る彼女の顔は微笑んでいた。娘として迎え入れた時、アスタロトはあまり歓迎していないように見えたのに、実際はちゃんと大切に思っている。その状況が素直に嬉しい。


「私は女の子を生めなかったでしょう? だから可愛い娘が出来て、本当に幸せなの。あなたが愛する人をみつけて巣立つまで、そのあとも応援しているわ。だから本当に好きな人が出来たら、私やアスタロトのことは忘れて腕に飛び込みなさい」


「ですが……」


 育てていただいた恩がある。そう言いかけた唇が、鏡の中で塞がれる。指先で鏡の表面を押さえてみせたアデーレは、言葉をつづけた。


「私もね、親の反対を押し切ってあの人と結婚したわ。一度も後悔したことはないし、あなたもそうして欲しいのよ。だって私の娘ですもの」


「ありがと、ございます」


 頬に流れた涙を、今度は直接アデーレの手がハンカチで押さえてくれた。その手を上から握って、涙に濡れた顔で笑う。


「あの人もあなたが幸せなら文句言わないし、私が言わせないわ」


 言い切ったアデーレに、ルーサルカは「はい、お母様」と頷いた。


 ちなみに感動的な親子の会話の裏で、ルシファーに「お前だって窓から出ただろ、緊急時はしょうがない。次から文句を言ってくれるな」と窓からの外出許可をもぎ取られそうになり、「問題点が違います」とアスタロトが抗戦していたことは――余談である。魔王城の規約に「緊急時は窓から出入り可」と記されたかどうか、大公と魔王は一切口にしないため誰も知らない。

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