436. 勇者は全力で反論する

「いい加減にして! ベールとアスタロトを呼ぶよ?!」


 伝家の宝刀を抜くルキフェルの一言に、ルシファーとベルゼビュートはぴたりと口を噤んだ。きょとんとしたリリスは「可愛いけど、兎じゃないのが好きなんだね」と誤解満載の呟きを漏らす。獣人達は上層部の言い争いを見なかったフリで、街を襲う魔獣の応援に走っていった。


 魔族のまとまりのなさに、勇者アベルが溜め息を吐いた。その腕に縋る聖女は、状況が理解できずに呆然としている。


「陛下っ!! 捕まえました!」


 勢い込んで商家から出てきた報告係の犬獣人の青年が敬礼して、大きく尻尾を振った。誇らしげな彼に「よくやった」と労い、引きずり出される人族の王侯貴族が並べられる。多少傷を負っているが、命に別状はなさそうだった。


「ま、魔王なのか?」


 悲鳴に近い叫びが、太った男の口をつく。横の金銀宝石を飾った女が「勇者が生きてるわ!」と叫んだ。びくりと肩を竦めたアベルが、女を睨みつける。どうやらいい思い出はなさそうだ。


「何をしている! 勇者なら、魔王を倒せッ!」


 叫んだ大柄な男は騎士だろうか。誰も彼も好き勝手な発言をする。遠巻きにする人族を見回すと、誰もが悲鳴を上げて首を引っ込めた。しかし勇者と聖女が気になる様子で、また顔を見せる。一部冒険者など戦える者も混じっているらしく、金属の臭いを嗅ぎつけたヤンが鼻に皺をよせて威嚇を始めた。


 それらを睥睨へいげいしたルシファーが眉をひそめる。身内でくだらないいさかいをしている場合ではなさそうだ。


「……ルキフェル、任せる」


「わかった」


「え、あたくしは?」


 分けて欲しいと強請るベルゼビュートに、ルシファーはにやりと笑った。


「まだ隠れているぞ。残さず探し出せ、お前の独壇場だ」


 この都はガブリエラ国の首都だ。まだたくさんの罪人が隠れているだろう。その中には勇者召喚に関わった魔術師や貴族がいる。隠されたものを探すことは精霊のもっとも得意な分野だった。


 八つ当たりの対象となる者も、鬱憤うっぷんを晴らす相手も山ほどいるぞ。そう示されて、ベルゼビュートは頷いた。本領発揮のチャンスに機嫌が上昇する。


「畏まりました。お任せくださいませ」


 こぼれそうな胸を見せつけて一礼した美女は、嬉しそうに街へ消える。精霊を呼び集めて探し物を始めるためだ。赤い口紅を塗った唇が弧を描いていた。


「どれにしようかな」


 機嫌が直ったルキフェルは、拘束した王侯貴族を楽しそうに見回す。これだけいれば、手加減を間違えて数人バラバラにしてもお咎めなしのはず。聞き出すための口は沢山あるのだから。


「この子供はなんだ……?」


 怪訝そうな声が罪人の山から零れる。


「それより勇者だ! 魔王と戦え、恩を返せ」


「そうだ! 戦う力も武器もやっただろう!」


 唾を飛ばして好き勝手騒ぐ連中に、キレたアベルが立ち上がって叫んだ。


「うるさい! 勝手に異世界から呼びつけて、残飯食わせて馬小屋に押し込んだくせに、恩なんか感じるわけねえ! 聖女を傷だらけのボロボロになるまでこき使って、勇者を魔王への生贄に放り込んだだけじゃねえかよ。オレも彼女も拉致されたんだ! この世界のために犠牲になるなんて、真っ平ゴメンだ」


 大声での暴露は隠れていた人々の間に衝撃をもたらした。勇者は立派な装備とお供を連れて戦いに出て、魔王に惨殺されたと彼らは聞いている。その話を疑いもしなかった。しかしこの場に純白の魔王が降り立ち、横暴の限りを尽くす王族や高位貴族が捕らえられた。


 今回の勇者は異世界から強制的に連れてこられ、この国で奴隷扱いされた上、魔族に助けられた――真実ほど耳に痛いというが、限度があるだろう。


 王侯貴族の言葉に妄信的に従っていた国民達は、申し訳なさに俯いた。知らなかった、そんな免罪符が通用する状況ではない。


 勇者ならば、聖女ならば、選ばれた人間ならば何とかしてくれる。そんな甘い妄想を、人々は二度と口にできない状況に追い込まれたことを悟った。

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