976. 茶色の海は美味しくいただきます
ルーサルカの提案を褒める間に、子蛇達がするすると木に登った。小さな手を伸ばす先に、リリスやルーサルカがチョコレートのカケラを渡し始めた。短い手が後ろについているため、この手を使ってチョコレートを口に運ぶのは不可能だ。しかし掴んで運び、手を離す作業はこなせた。
効率は悪いが、一つずつチョコレートの欠片を入れていく子供達のはしゃいだ姿に、親も興味を示し始めた。少し大きめの破片を手に、12メートルの虹蛇に近づいたリリスが差し出す。リリスなら片手で掴めるが、子蛇には無理な大きさだった。
「子供に見本を見せてね」
「あ、ああ。中に入れればよいのか」
困惑しながら大きな身をくねらせて近づき、上体を持ち上げて手のチョコレートを放り込む。見ていた他の蛇が近づくと、頷いたルーサルカとルーシアも手渡し始めた。親が近くに集まったことで、子蛇は親の身体を利用してファウンテンに近づく。もう枝は必要なさそうだ。
「落ちるなよ。熱いぞ」
溶けて流れる温度なので火傷はしないまでも、蛇は変温動物だ。急激に体温が上がるのは危険だろうと注意を促す。落下防止だけなら結界を張ればいいのだが、彼らが楽しそうに破片を入れている姿にそこまで神経質にならなくても問題ないと判断した。何より親が子供の面倒をしっかり見ている。
白銀の鱗を持つ虹蛇は、魔力量が多い。魔族の中でも特に多い部類のため、簡単に魔法を使う。我が子を風の魔法に乗せて空中から投下させたりと楽しそうな様子に、ルシファーは少し離れて様子を見ていた。毛が飛ぶからと前回注意されたヤンも、ルシファーの隣で丸くなる。
「我が君、楽しそうですな」
「ああ。もっと頻繁に訪れてやるとしよう。こういった移動が可能な祭りであれば、他の種族を招いて交流も可能だからな」
保護者目線で虹蛇と少女達の交流を眺め、ようやくチョコレートの量が足りたのを確認してイポスの肩を叩いた。
「疲れただろう。ヤンのところで休め」
汗をかいたイポスへ冷たいお茶を渡し、休憩させる。その間の保温を引き継ぎながら、循環するチョコレートに熱い視線を注ぐ蛇達に声をかけた。
「よし! 果物をカットするからつけて食べてみろ。甘いぞ」
子供達が大喜びする中、親も期待を募らせる。滅多に外へ出ないため、外界で行われる祭りはほとんど体験していない。童心に帰った親も参加するカカオ祭りが始まった。
大量の果物を取り出したルシファーが、風を使って空中でカットしていく。大公女が用意したお茶のテーブルに並べたが場所が足りず、いくつもの机を用意した。慣れた手つきで焼き肉用の串を刺したルーサルカが、チョコレートに沈めた果物を土のテーブルに突き立てる。
これならば大きな蛇も食べやすいし、串を手に持つ必要がない。食べ終えた串を回収して、また新しい果物を突き刺した。チョコレートに興味津々の子蛇が茶色の海を眺め、尻尾の先をちょっとだけ濡らす。こっそり味見する姿を見ないフリで許した。すると他の子蛇も真似し始める。
本当は別の器に掬ってやればいいのだろうが、このファウンテンから直接……というのが醍醐味だろう。ルシファーは咎めることはせず、好きにさせた。笑顔を振りまくリリスは、いつの間にやら大きな母蛇にしがみついている。
「ねえ! 上の部分ってガラスじゃないんですって」
母蛇に上の透明な膜の正体を尋ねたリリスが、ルーサルカやルーシアに得意げに説明を始めた。ガラスではなく結界の一種だ。ベールの城の地下にある地脈から魔力を供給し、常に展開させていた。透明に見えるが、よく見ると魔法文字がきらきらと透ける。
「晴れの日は開けることもあるそうよ」
鱗のひんやりした肌に頬ずりするリリスは、気づいているだろうか。その虹蛇が、以前皮を剥がれて苦しみ、彼女が必死に癒したユルルングルであることを……。
「傷が治ってよかった。痕はないけど、もう痛くない?」
ちゃんと個体識別できたらしい。くすくす笑うルシファーが手を広げると、リリスは躊躇いなく数メートルの高さを飛び降りた。
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