977. 結界で守られた聖域

 虹蛇達との交流が終わり、惜しまれつつ巣穴を後にした。出口に向かう斜面で一番後ろにいたルーシアが転び、手を繋いだルーサルカが巻き込まれる。悲鳴を上げる2人の少女がリリスの足元を滑り抜けた。助けようとしたリリスが尻もちをつき、ルシファーの裾を引っ張ったため……イポスまで巻き込まれる。


 滑る全員を追いかけたヤンだが、最後まで転ぶことなく外まで到着してしまう。きょろきょろした後、そっと寝転がって腹を見せた。


「よしよし」


 イポスがヤンの腹を撫でた。すっかり犬扱いが板についたヤンである。


 ドロワーズを履かせておいてよかった。スカートの少女達が下着を晒さずに済んだことにほっとしながら、ルシファーは1人ずつ助け起こす。イポスは自分で立ったが、次は絶対に転ばずに到達してみせると奇妙な誓いを立てている。


 向上心があるのは良いことだが、それは護衛や騎士の仕事とは関係ないと思うが。水を差すこともあるまいと、ルシファーは余計な発言を控えた。代わりに午後の予定を口にする。


「次の幻獣は……ユニコーンがいいか」


 カカオ祭りが盛り上がりすぎたため、予定した時間を大幅に過ぎていた。日差しが傾く頃には魔王城へ戻らねばならないため、一番距離が近い種族を選ぶ。


「このあたりは人族の落下事件の被害を免れたのでしょうか」


 イポスが不思議そうに告げるのも無理はない。人間が落下した他の地区はかなりの損害が出ていた。森を燃やされたり、襲われたり、逆に襲ったり……。しかしベールの領地にそのような異常は見受けられなかった。


「ああ。ベールの城の地下に霊亀が住んでいただろう。あの下に地脈が走るため、魔王城と同じように防衛用の結界を張れるんだ」


 簡単に説明し、実際に結界が見えるように空へ向けて攻撃を放つ。わかりやすく炎の球を叩きつけると、ある程度の高さで何かにぶつかって散った。


「外へ出られないのですか?」


「魔族は通れるが、魔法と人族は弾く」


 ルーシアの疑問に返すルシファーに、腕を絡めたリリスが小首をかしげる。


「ルシファー、すごく詳しいのね」


「この結界の魔法陣はオレの作品だからな」


 驚いた顔で振り返るルーサルカとルーシアに、苦笑いして事情を話した。虹蛇を保護するにあたり、ベールの領地は北に位置して寒い。冬眠に対応できるかなどお試しで連れて来る際に、安全を確保するための結界を構築した。


 もう数万年前の話だ。最初のシーズンから冬眠できたため、虹蛇は安全を選んだ。冬眠するようになってから、虹蛇は卵を多く産む。意外な効能だったが、どうやら冬眠することで生命力が強まるらしい。個体数が増えるのは望ましいと、そのまま洞窟に住み着いた。


 昔話をしながら、パチンと指を鳴らす。一瞬で移動した先は、美しい湖のそばだった。濁りがなく透明の水に、ルーシアが感嘆の声を上げる。覗き込んだ水は冷たく、底が紺色になっても透き通っていた。


「冷たそうね」


「深そうだわ」


「吸い込まれそう、ってこういう水を言うのね」


 覗き込む少女達が落ちないよう、魔力で包んでおく。先ほどの結界を解除していないので、そこへ紐をつけた形だった。考えてみれば、常に結界で守った方が今後は楽かもしれない。危険があっても守れるな。自分だけではなくリリスにも常時展開している結界を少し増やすだけだ。


 今後はそうしようと決めた途端、興奮した様子のヤンが唸った。振り返ると、威嚇し返すユニコーンがいる。群れで集まった彼らの水場に、見知らぬ者がいたので驚いたのだろう。


「久しぶりだな」


 立ち上がって声を掛けると、ユニコーンの表情が一変した。険しく目を尖らせる彼らは、穏やかな顔を取り戻す。肉食魔獣であるヤンを気にせず、群れの数頭が近づいてきた。


「お久しぶりです、陛下。そちらのお姫様は……あのときの?」


「リリスですわ。あのときの子供、大きくなりました?」

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