978. 翼ある白馬と美少女の絵
以前に保育園で一緒だった子の話を持ち出し、リリスは笑顔で会釈する。よくお馬さんごっこだといって、上に乗せてくれた。ひとつ年上の友人だ。
「はい、今は魔王軍に入ると言って家を出ております」
穏やかに話したユニコーンの後ろに、翼の生えた白馬が舞い降りた。あっという間に湖の周りに集まった群れは、ペガサスだ。ユニコーンとペガサスは婚姻が繰り返され、親族関係にある。そのため一緒に行動することが多かった。
よく狙われるペガサスを守る役目もあるユニコーンは、ペガサスの長に場所を譲る。軽く会釈して通り過ぎたペガサスが、さっと膝を折って伏せた。地面に座る形になったペガサスが、ほとほとと涙を零す。
「どうしたの? どこか痛いのかしら」
リリスが近づくと、ペガサスがその頭をリリスの肩にすり寄せた。
「やっとお礼が言えます。我が息子を助けていただきました。あの時は本当にありがとうございました。妻の忘れ形見なのです」
リリスは一瞬考え、すぐに優しくペガサスの頬を撫でた。馬の長い鼻筋もゆっくりと手で往復する。目を閉じて好きにさせるペガサスの姿に抱きつくリリスを見ながら、ルシファーが唸る。
「これは……絵になる。嫉妬は後回しだ」
翼ある白馬に優しく寄り添う黒髪の美少女――ルーサルカやルーシアも大きく頷いた。周囲を警戒するイポスやヤンも、ちらちらと視線をよこす。まるで1枚の絵画のようだった。神秘的にすら感じる。
虹蛇やフェンリルの子が拐われた時、一緒にいたペガサスも傷つけられた。あの時の小さな子供の親だろう。ペガサスの涙が止まったのを確かめ、リリスは目元に残った涙をハンカチで拭う。ポーチから取り出したお気に入りの刺繍が入ったハンカチを手に、リリスはルシファーの元へ駆けてきた。
「視察って大事ね! こうやっていろんな子と再会できるんだもの」
「そうだな」
微笑んだルシファーは、ずっと同じ行為を繰り返してきた。その積み重ねが、民との距離感だ。彼らが親愛の情を持って話しかけてくれるのは、ルシファーが同じように接した証だった。その凄さが、ようやくリリスも理解できる。
「私、いいお妃様になるわ」
「できるなら、素敵なお嫁さんになって欲しいんだが?」
「それは当然だから言わなくていいのよ」
つんと少し顎を上げて言い切ったリリスに、周囲からくすくすと笑いが起きた。リリスも一緒になって笑い始める。
「ペガサスがいるなら、空の散歩もいいが……少し寒いか」
季節が悪い。もう少し暖かい時期にしよう。何度でも季節は巡り、その度に理由をつけて旅行や視察に出ればいい。そう提案するルシファーに、リリスが「約束」と小指を差し出す。子供の頃からの指切りで来年の約束を交わした。
「……失礼いたします、ルシファー様」
微笑ましい光景に割り込んだのは、城で留守番中のアスタロトだった。
「何かあったか?」
「レラジェが……卵になりました」
「「「卵に、なった?」」」
大公女とリリスがハモり、ルシファーが絶句する。そっと差し出されたのは、布に包まれた卵だった。以前に目玉焼きにされた竜の卵程だろうか。ルシファーでも両手で抱える大きさがあった。
「卵から生まれる種族はたくさん知っているが、卵に戻る種族は初めてじゃないか?」
「そうですね。記憶にありません」
アスタロトが同意したことで、どうやら新種確定らしい。彼の記憶力はルキフェルと並んで一流だ。過去の書類のほとんどを記憶している彼が、知らないと言い切った。
最近、新種が多いが……何か起きているのか。起きる予兆か。カルンの時もそうだった。彼は珊瑚だったが、海の変調といい……空から落ちてきた人族もそうだ。奇妙な現象が続くことを悩むルシファーをよそに、リリスが手を伸ばして卵を強請った。
「それ、頂戴」
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