153. ヤンもお仕事しています

 最近忘れられることが増えたヤンだが、別に護衛の仕事で役に立たないわけではない。今日も保育園の送り迎えに同行し、背中に魔王妃候補のお姫様を乗せて帰ってきた。


「ヤン、遊ぼう」


「おままごとでなければ、喜んで」


 おままごと遊びだけは頂けない。あれはよくない遊びだ。幸いにして我が子がままごと遊びをしなかったため、今までの長い狼生で知らずに過ごしてこられたが……あれは危険な遊びだった。蠍を生食したり、鎖に繋がれたり、熱湯を浴びたりする。


 先頃判明した『陛下の仰られる犯人』とやらがベルゼビュート大公だったらしく、ベール大公とアスタロト大公が、それはそれは愉しそうな笑顔で彼女を引きずっていかれた。その後数日お見かけしていないが、噂では大変な粛清騒動だったようだ。我には関係ない話題だが。


 先日までの横暴ぶりが嘘のように、リリス姫は笑顔で中庭を指差す。


「お馬さんごっこ!!」


「喜んで」


 お馬さんでもお犬様でもないが、とりあえず彼女を背中に乗せて走るのは気分がよい。まず、彼女は破天荒で我が侭だが、ちゃんと人の痛みを理解できるため、城の住人達から人気があった。いつも笑顔で機嫌よく振舞っているのも大きな要因だろう。


 そんなお姫様を背中に乗せる栄誉は、容易に得られるものではなかった。森の獣の頂点に立つ灰色魔狼フェンリルであり、魔王陛下の忠実なるしもべである我だから、ルシファー様の許可を得て乗せられるのだ。滅多な者がリリス姫に触れることは許されない。


 牛程度の大きさになり伏せると、背中に必死でよじ登ってくる。魔法の勉強をまだ始めていないので、魔法を使って上ることはしない。我が君の教育方針で、彼女の魔力は我が君と近いため暴走すると危険なのだとか。


 そっとリリス姫の足元を魔法で援護しながら、なんとか背中に跨らせることに成功した。落ちないよう魔法で厳重に保護してから、走り出す。フェンリルの能力は巨体に似合わぬ俊敏な動きだが、かなり早くしても怯える様子なく喜んでいる姫は将来有望だ。


「もっと、もっと!」


「承知しましたぞ」


 少しだけ速度を速める。大きな銀龍石が並ぶ中庭を走り、城門前でUターンした。見守る我が君の眼差しが柔らかい。姫を預けていただけるほど信頼されているのだと嬉しくなった。


「あ、鳥さん!」


 リリス姫が頭上を指差し、直後に雷らしき魔法が放たれる。びりびりと毛が逆立つ感覚に襲われ、慌てて急ブレーキをかけた。背中のリリス姫が前のめりになり、その衝撃すら喜んで首にしがみ付く。


「パパ、ご飯の鳥さん獲った!」


「ありがとう」


 まずは礼を言った魔王陛下だが、落ちてくるコカトリスが大きかったことと、近くで作業をしているドワーフが落下地点だったこともあり、慌てて結界を網状にして展開した。美しい無駄のない魔法陣が、コカトリスを包む。


「……リリス、そこらで狩りをしてはダメだよ」


 呆れ顔の我が君が、巨大なコカトリスをぶらさげて歩いてきた。半分ほど引きずっているが、結界で包んであるので問題はなさそうだ。毒を吐く魔物であるため、周囲の侍従や侍女達へ毒を振りまかない為だろう。さすがは我が君、お優しい方だ。


「ダメなの? 焼き鳥さん食べたい」


「うん、食べる獲物を狩るのはいいけど。ここで落とすと皆がケガしたり、毒を吸い込んだりするだろう? そしたら苦しいし痛い。だから今はダメ」


 幼子だからと手を抜かず、きちんと理由を順番立てて説明する魔王陛下の姿に、周囲も微笑ましく見守っている。衛兵が駆け寄り、コカトリスを受け取った。


「悪いけど、調理場に運んで処理してもらって。結界は15分くらいで解ける」


 結界付きで渡したコカトリスを5人がかりで運んでいく。耳の間に身を乗り出したリリス姫が両手を出して、抱っこを強請った。苦笑いした我が君が受け止めて、姫の背をぽんぽん叩いた。


「今日はリリスの獲ってくれた焼き鳥にしよう。ソテーがいいか、串焼きがいいか」


「こないだの甘い塩のタレで食べる!」


「ん……照り焼きかな? ヤンも同じでいいか?」


 夕食の味付けまで尋ねてもらえたので、「わふぅ」と返事をした。息がかかった姫がくすくす笑いながら、小さな手を伸ばされる。その手が鼻先をゆっくり撫でた。


「たくさん食べるんでしゅよ、ヤン」


 おままごとの時の口調が出たが、今は優しい。触れる手に擦り寄ってから今夜のコカトリス焼きに思いを馳せた。

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