7章 療養という名の隔離

83. どこに住めばよいのだ?

 身体中を巡る魔力の流れが乱れて、強引に引き千切ちぎられた。その弊害へいがいは重く、起き上がっているのも辛いほどだ。しかし仕事なので、なんとか謁見の間で玉座に腰掛ける。


「報告はアスタロトから受けました」


 ベールが渋い顔で資料を手に話し始めた。今回は大公4人と公爵、侯爵までが並んでいる。長い歴史の中で、魔王城は権威の象徴としてそびえていた。膨大な魔力を地脈から補い、城の主を守る魔法陣が稼動する権力を示すシンボルだ。


 魔王本人の魔力が暴走した結果とはいえ、壊れた城は権威の失墜しっついを意味する。すぐに修復する必要があった。軽微な損傷ならば自動修復が働くのだが、さすがに壁や天井、塔まで砕けた状態から回復はしない。


「……悪かった」


 怠い身体に鞭打って声を出す。低い声と伏せられた銀の瞳に、大公以外の貴族達が一斉に膝をついた。どうやら機嫌が悪くみえるらしい。珍しくリリスを抱いていないのも、原因だろう。


 ざっと100名前後の上位貴族が、膝をつき頭を下げる姿は壮観だった。


「建物の修復はドワーフが担当します。魔法陣はアスタロトと私が、焼失した資料の復元をルキフェル、その間の警備をベルゼビュートが担います」


「ふむ」


 ほとんど寝ている状態に近いが、かろうじて相槌を打つ。陣頭指揮をベールに任せているので、この場で話す内容は他の貴族への報告に近かった。聞いていなくても大した問題はない。


「陛下には、しばらく休養をとっていただきたく」


「なぜだ?」


 うとうとしていた意識が浮上する。半分目を伏せていたので、突然顔を上げたルシファーの動きに、貴族達がざわつく。魔王城の崩壊で揺らぐ魔族の結束を保っているのは、魔王ルシファーの存在だった。今の彼に逆らうことは、魔族全体を敵に回すと同じだ。


 ルシファーの一挙手一投足に反応するのは、仕方ないだろう。


魔王城ここは陛下の居城でございますが、現在の城内にお住まいいただける部屋はありません」


 言い切ったわよ、この人。そんな顔でベールを見つめるベルゼビュートの眼差しを無視し、ベールは銀の髪をかき上げた。


 見た目は城の半壊だが、基礎や無事に見える部屋の強度はがたがたなのだ。実質、全壊と考えて間違いない。しかも上の建物が中途半端に残っているため、それらを撤去しながらの再工事だった。手間は新築の二倍だ。


「外観と基礎の修復だけならば2年程ですが、この謁見の間も修繕対象となります。この際、建物を多少弄りますので……完成まで10年はかかるでしょう。その間、長らくご不便をお掛けするわけにいきません」


 いっそ全部吹き飛ばしてくれたら良かったのに。言葉の端はしに滲むベールの本音に気付いたアスタロトが苦笑いし、ルキフェルは視線をそらした。死人が出なかったのが、不思議ほどのだ。


 外部に対し『先日の偽勇者一行から国民を護った陛下の魔力の暴走』で片付けた大公達は、徹夜でまとめ上げた偽の報告書を手に報告を続けた。何も知らない公爵以下は、『逆凪で傷を負った右腕が膨大な魔力に耐え切れなくて起きた事故』だと信じている。


「……どこに住めばよいのだ?」


 他の貴族がいるため、砕けた口調は使えないルシファーの冷めた態度に、アスタロトが進み出て一礼した。


「我が城をご提供いたしますゆえ、ごゆるりとお過ごしください」


「ふむ」


 そんな話だったかな? この茶番めいた報告会の前に聞いた話とちょっと違う気がした。たしか、魔の森に建てる別宅に住む話だったような……まあ、アスタロトの城でも構わないか。大差ないとルシファーはぼんやりする頭で頷いた。

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