1343. 指輪は作家と絵描きに相談

「私達の故郷では、婚約指輪は一般的にダイアモンドです」


「金剛石か」


「はい。硬くて割れにくい上、透明で純粋さを示す意味で婚約指輪によく用いられます。あと選ばれやすいのは、どちらかの誕生石ですね。通常は妻の誕生石を選びます」


 イザヤの説明に頷きながら、ぴたりとルシファーが止まった。誕生日? リリスの誕生日って正確に何時だ? 拾った日に生まれたと聞いたが、あの時点で生後1ヵ月前後の外見だった。でも森が産み落とした日だから、城門前に置かれた日でいいのか。


「月単位なので、ある程度の誤差は修正可能ですよ」


 アンナが救いの手を差し伸べる。リリスが城門前で拾われた話は魔族の中に浸透していて、誰も気にしていないし悪い印象なく教えてくれた。そのためアンナもイザヤも知っている。魔族は赤子を大切にするので、異種族でも関係なく育てる。孤児が餓死する状況は考えにくかった。


 リリスを拾った日は4月の暖かい日だ。


「4月は何の石だ?」


「……ダイアモンドです」


「ならば、リリスの好きなピンクがあったな」


 ひょいっと空中から取り出したのは、拳大のピンク・ダイアモンドだった。現代日本へ持ち帰ったら億を超えて兆単位の値段が付きそうな宝石だ。透明度が高く、中に不純物の影は見当たらなかった。すでに原石から掘り出してあるので、この大きさのまま使える。色も照りも問題なく、はっきりピンクと分かるほど濃色だった。ピンク・サファイアと言っても通用しそうだ。


「大きすぎますね」


 アンナが残念そうに呟いた。いくらなんでもルシファーの拳大の宝石を、リリスの細い指に載せたら重過ぎて折れる。指の心配をしたアンナに、イザヤも苦笑いした。


「分割しますか?」


「いや、まだあったはず」


 ごそごそと手を突っ込んで取り出した宝石箱を開き、きらきら輝く宝石を無造作に机にひっくり返した。いくつか転がり落ちて、双子の近くに落ちる。めいっぱい手を伸ばし掴もうとしたところで、ルシファーが魔法で回収した。


「こんなのを食べると腹を壊すぞ」


 その宝石ひとつで島が買えそうな高額品を「こんなの」呼ばわりした魔王は、小粒小粒と呟きながら大粒のものから箱に戻した。徐々に小振りになっていくが、それでも小指の爪ほどの石をじっくり眺める。


「これ、ピンクダイアかしら」


 見つけた! そんなニュアンスでアンナが発見した石を手の上で転がす。


「残念だ、サファイアのようだな」


 残念の意味がよくわからないが、ダイアモンドでは無かったらしい。改めて探し始めるアンナは、ぼそっと呟いた。


「宝石ってあればいいってものじゃないのね」


 昔、大人の女性の胸元に光る小さなダイアモンドが羨ましかったのよ。1カラットとか、夢じゃない。それが庭の小石みたいにゴロゴロしてると、価値観が崩れるわ。嘆くアンナに、イザヤが肩を揺らして笑い出した。


「これはどうでしょうか」


 ようやくダイアモンドらしきピンクの宝石を見つけ、イザヤがルシファーの手に渡す。じっくり眺めて、間違いないと頷いた。リリスの小指の爪くらいだろうか。これなら婚約指輪に使えそうだった。


「結婚指輪はつるんとしたデザインがいいですよ。服や髪に引っかからない形で、蒲鉾型っていうか、こんな感じですね」


 アンナがデザインをイラストに起こす。切った断面図も描いてもらったので、形が理解しやすかった。その紙を受け取り、ルシファーが礼を言う。


「ありがとう、助かった。これは婚約指輪用にしよう。結婚指輪の絵もわかりやすいな、参考にする」


「そうですね、さすがに先ほどの大粒を指に載せるのは危険ですから。いい指輪が出来るといいですね」


 襲われたり奪われる危険より、指が折れたり手首を捻る心配をする指輪は嫌だろう。顔を見合わせて笑った後、ルシファーは宝石を適当に箱に詰め直して片付けた。だが一掴みほど残っている。


「魔王様、これ……お忘れです」


 指摘したアンナへ、ルシファーは小ぶりな箱を取り出して手渡した。


「これは報酬だ。絵とアイディアの対価だが、足りなければ言ってくれ」


 思わぬ臨時収入に目を見開き……アンナは気絶した。慌ててイザヤが抱き止める。報酬はルシファーが箱に詰めて、そっと彼女の手に握らせた。目が覚めて箱を見るなり、また悲鳴を上げて倒れることになる。最終的にイザヤが魔法の収納へしまうことで、一件落着となった。

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