1344. 溺愛を棚に上げて説教してみた
結婚式での指輪交換を小説から学習したルシファーは、驚くべき速さで書類を処理した。アスタロトがいれば「やれば出来るのにどうしてサボるんでしょう」と溜め息をつくこと請け合いの速度で、すべての書類を片付ける。それから堂々と宣言した。
「ちょっと山に籠ってくる」
「「はぁ?」」
ルキフェルとベールが間抜けな声を出すが、ふふんと得意げな笑みを残してルシファーは消えた。今日は他に予定もないため、放置が決定する。ここで追いかけてもまた逃げられるだけ。書類は片付けたのだから今日くらいは自由にさせよう。それで気が済むなら安いものだ。
大公二人はある意味、ルシファーの厄介な性格を理解していた。ここで邪魔したが最後、驚異の記憶力で焼き付けたこの出来事を不満があるたびに持ち出すだろう。さっぱりあっけらかんとした部分と正反対の裏側を、付き合いの長い大公達はよく知っている。
「仕方ないよ」
「我々は何も知らなかったことにしましょう」
「そうだね」
切り替えの早いルキフェルとベールは頷きあい、処理が終わった書類を各部署に届ける手配をした。忙しく走り回るコボルトが一段落する頃、中庭から転移したルシファーが眉を寄せる。
「ピヨ、いつの間に」
転移魔法陣に飛び込まれたのだが、事故もなく到着した。運がいいのが半分、残りはルシファーの魔力調整の賜物だ。異物混入に気づいて、転移したと同時に安全策を講じたのだ。間に合わなければ、ピヨは千切れた鶏肉や青い羽毛の姿で到着しただろう。
尻尾を摘まんで逆さにしたピヨは、すでに大型犬サイズである。これでまだ人の1歳に満たない幼児なのだから、厄介この上ない。婚約者のアラエルがいないので、しっかり叱ることにした。あの鳳凰はピヨを甘やかし過ぎる。
「最低限のルールは守れ。ミンチになったら戻せないのだぞ? アラエルが甘やかすから、こんな我が侭に育つのか。まったくこれではまた火口に預けるしかないな」
リリスへの溺愛をしっかり棚に上げた魔王の説教に、ピヨは青い羽毛の下で青褪めた。アラエルもヤンもいない火口は、温度的には快適だが寂しい。一緒に寝てくれる親はいないし、同年代の遊び友達もいなかった。何より、おやつがもらえない。
「ごめんなさい、もうしません」
「よし。ならば供をせよ」
魔王の随伴として許可する。ピヨを空中へ放り投げると、器用に羽を広げてバランスを取って着地した。短い足でぺたぺた付いて来る鸞のヒナを従え、ルシファーは洞窟に足を踏み入れた。
ここならば多少の爆発騒動が起きても問題ない。ドワーフが鉱石を掘り出した硬い岩盤の奥深くで、何かを砕く激しい音が響いた。時々炎が噴き出し、山が揺れる。数時間にわたる異変に気付いた魔獣が数匹、偵察に訪れた。だが魔王の結界に阻まれ近づけない。
「ドワーフの採掘跡で異変? あ、ああ……ここね。問題ないわ、陛下の気配がするもの」
報告されたベルゼビュートは魔力を探って納得する。魔王ルシファーがいるなら緊急事態への対処も任せられる。そう告げて平然とする精霊女王だが、魔獣達は洞窟の異常に怯え切っていた。
半日もしないうちに洞窟は静まり返り……結界による妨害も消える。数匹が中の様子を見に入ったが、天井が焼け焦げていた程度だった。不思議なことに大量に地面に散らばる粉があり、その中からピンク・ダイアモンドが見つかったらしい。拾い上げた魔獣はそれを持ち帰った。
ドワーフの間で、閉山した採掘場からピンク・ダイアモンドが出ると噂になるのは数ヵ月後のことである。だがその後、どんなに掘り進めてもダイアモンドは出て来なかったとか。
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