1345. 手作りの婚約指輪を捧ぐ

 鼻歌を歌いながら戻ったルシファーは、リリスの気配を頼りに城内で転移を使った。その結果、頬に巨大な紅葉型の真っ赤な痕を付けることになる。


「もう! こっちの状況を考えないで飛んだらダメじゃない」


「ごめん」


 リリスの前に正座し、赤い頬のまま謝る。いま癒すとイメージが悪い。


「リリス様の仰る通りですわ。幸いにして着替え終えていたからよかったですが」


「すまない」


 アデーレが衣装を片付けながら叱った。こちらも抵抗せず謝っておく。うっかりするとアスタロトより怖いのだ。侍女長の肩書きは伊達ではなかった。


「僕の婚約者も着替えていたんですよ! もし見ていたら、陛下でも……」


「ちょっと待て。お前、さり気なく混じってるが。そもそもこの更衣室にいたらマズいだろう」


 アムドゥスキアスの便乗に気づいて、慌てて制止する。着替えているとは知らずに、魔力を探って転移したルシファーは仕方ない。だがリリスも含めた少女達が着替える部屋で、なぜこの翡翠竜はふんぞり返っているのか。ルシファーの指摘に、レライエの目が細くなる。


「そういえば、外に出したはずだったな」


 どうやら外に出されていたのに、いつの間にか入り込んだらしい。そのタイミングによっては、制裁の対象になりかねない。身の危険を察知したアムドゥスキアスは、ころんと転がって腹を見せた。無抵抗の子どもを装う仕草だ。


「僕は、その……悲鳴を聞いて。そう悲鳴を聞いて飛び込んだんです」


「レライエの衣装は綺麗だっただろう」


「それはもう! 僕が贈った首飾りもすごく似合っていて」


 両手で頬を掴んで照れる翡翠竜の罪が確定した。ドレスを着用した際に、ジュエリーも合わせた。その時にはもう紛れ込んでいたのだ。引っかけたルシファーが睨みつける中、レライエにより捕獲された翡翠竜はヤンに咥えられて牢に運搬される。数日の謹慎が決定した。


「ルシファーは何の用事できたの?」


 話が逸れたが、リリスが思いだして首を傾げる。用もないのに城内で転移を使えば、アスタロトに叱られるわよ。そんな恐ろしい予言付きのセリフに、ぶるりと身を震わせながらルシファーは宝石箱を取りだした。


「これだ! リリスの好きな小説を読んだ。婚約指輪という存在を知って、ぜひ贈りたいと思ったんだが」


 そっと箱を開いて中の指輪を見せる。覗き込んだ大公女達が目を輝かせた。小指の爪ほどもあるピンク色の宝石が輝く指輪は、細かな細工が施されている。大粒の周囲にも花模様のように小粒の石が配置され、地金はオリハルコンの合金らしく赤の混じる金色だった。


「まぁ、素敵」


「本を読まれたのですか」


「こんな美しい指輪はなかなかありませんわ」


「……ルシファーが、私に?」


 大公女やアデーレの声の後で、リリスは驚いた顔で呟いた。思ってもみなかった指輪の登場で、驚き過ぎて混乱しているようだ。宝石箱にもふんだんに宝石をちりばめたルシファーは、箱をリリスの手に載せた。両手でしっかり掴まないと落ちそうな大きさがある。


 一緒に支えて持ちながら、ルシファーは片膝をついた姿勢で尋ねる。ちなみに頬の赤い手の痕はこの時点で治療済みだった。美しく整った顔で、婚約者を誑かしにかかる。


「この指輪を婚約の証として、リリスの左手のに嵌めて欲しい」


「「「惜しい!!」」」


「ちょっと違うけど」


 大公女4人は即座にダメだしする。ここで指を間違えたのは失態だが、リリスはぼうっとしていて聞いていなかった。


「この指にお願い」


 そっと薬指を差し出す。左手の薬指にするりと入った指輪は、瞬時にサイズを変更した。蔦が巻くデザインを壊さぬよう縮み、ぴたりとリリスの指に収まる。きらきら輝く指輪に微笑んだリリスが「ありがとう、ルシファー」と抱き着いた。


 膝を突いた姿勢で受け止め、喜んでもらえたことにルシファーの頬が緩む。幸せに浸るカップルだったが、すぐにルシファーはベールに捕まって引っ張られた。というのも、未成年のピヨを勝手に連れ回した容疑がかかったらしい。アラエルに事情を説明し、ヤンに納得してもらい、ようやく釈放となったのは日が暮れてからだった。

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