780. 説明したけど伝わりませんでした
詳細を聞き終えた部屋の中は静まり返っていた。世界そのものを滅ぼす兵器が存在することもだが、実際に世界がひとつ滅亡した可能性も恐ろしい。しんとした部屋に、リリスが明るい声を出した。
「流れ込んだ汚染はほとんど取り除けたの」
魔の森の娘の断言に、全員が首をかしげる。除去できた……今後影響を受けることはないと聞こえた。アスタロトが慎重に尋ねる。もし間違って理解し、民に被害が出れば取り返しがつかない。
「消えた……のですか?」
「うーんと、こう吸収してから違う物質にするのよ。それで外へ出すの」
大きく手を振り回して説明するが、リリスも伝え方に苦慮している。アンナが手元のお茶を引き寄せた。ジャスミンの香りに表情が和らぐ。考え込んでいたイザヤが口を開いた。
「失礼ながら、魔の森が分解して汚染が消えたという解釈で正しいですか」
魔王妃となるリリスと魔王ルシファーが並び立つ場で、非公式だが丁寧な言葉を選んだ。ぽんと手を叩いたリリスが「そう、それよ」と嬉しそうに笑う。自分の言いたいニュアンスが通じたことに満足し、ルシファーの膝に座った。
テーブルの上の小さなチョコに手を伸ばし、リリスは口にひとつ入れ、もうひとつをルシファーの唇に押し付けた。話の内容を整理していたルシファーは、当たり前のように口に受け入れる。
「魔の森が魔力を海へ流した理由を知ってるか?」
「ええ、わかるわ。海は分解に必要な魔力を、森から借りて返したの」
魔力を貸し借りする意識がないアスタロトは、さらに複雑になった話に考え込んでしまった。アベルは「金の貸し借りみたいなものか」と首をかしげながら、何かに置き換えて理解しようと試みる。
「海にも魔の森のような意思があるのですか?」
「うーん、あるけれど……魔の森とは少し違うのよ。だからカルンや亀が来たのだと思うわ」
魔の森ほど明確な意思はない海の代理人として、亀や珊瑚が使者に立った。そう説明されても曖昧過ぎて理解が難しかった。なにしろ、つい先日まで海に関わることすらなかったのだ。魔族が確認されていない海は、魔王の管轄外だった。アスタロトはいくつか質問し、リリスがそれに答える。
判明したのは『海は魔の森から魔力を借りて返した』こと。『海にも意思がある』『霊亀や珊瑚のカルンは海の意思を伝えに来た』『異世界からの汚染物質は、海が分解して栄養素にしてしまった』まで。
話していた時間は長かったらしく、4人の少女達がドアをノックした。入室を許可すると、冷めた紅茶に気づいたルーサルカがカップを下げて淹れなおす。今度は種類を変えてレモンバームだった。すっきりした香りが気持ちをリフレッシュさせてくれる。
「お話し合いは終わりましたか?」
シトリーが穏やかな口調でリリスに尋ねる。ルシファーの膝の上に座った少女は、黒髪に絡めた銀鎖の音をさせながら首を横に振った。
「だめなの、ちゃんと伝えられなくて困ってるわ」
リリスは感性に任せて自由な発想や言動をする。それがアスタロトのような理論立てて行動する者には、理解しづらいのだ。状況を把握したルーシアが頷いた。
「リリス様、もう一度お話しください。私たちがご協力しますわ」
通訳と表現するほどではないが、長く一緒にいた彼女たちはリリスの言動に慣れている。彼女が使う独特な表現も、他の言葉に置き換える術にも長けていた。
レライエの肩へ移動した翡翠竜は、恋人の耳飾りをご機嫌で揺らす。自分の鱗を使った翡翠色の耳飾りが、涼やかな音をたてた。恋人の身に自分の一部が飾られた状態が嬉しくて、揺らしすぎたアムドゥスキアスが「煩い」の一言で肩から降ろされるまで、それは続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます