406. ある意味、誘拐ではないか
「では、説明をお願いします」
「まず僕が勇者なのは、魔王様によって証明されたと思うので省きます。一言で言うと、僕はこの世界の住人じゃないんです」
「……頭が、おかしい」
ぼそっと呟いたアスタロトの気持ちもわかるが、話の冒頭なのに切り捨てるのは早すぎる。苦笑いしたルシファーが口を開いた。
「違う世界から来たと?」
「はい。異世界転移して勇者になり魔王と戦うのは、僕のいた世界では定番中の定番、完全なテンプレなんです」
アスタロトがルキフェルとベールを呼ぶよう手配した。ついでに異世界に関する文献を図書館で探すよう、エルフ経由で申し付ける。この辺りはさすが文官トップだ。手際が良かった。
「この世界に召喚されて、すぐに『魔王退治』を王様に命令されました。魔力は他の人より多いんですけど、魔法がうまく発動しないんです。魔法に関する発音が悪くて苦労するのもテンプレかも。戦うこと自体、僕の世界にはなかったんですよ! 平和な世界の学生なのに、戦って死ねとか無理です」
またテンプレか。なるほど……彼の話を
ルシファーは薫り高い紅茶に口をつけながら、呆れから出た溜め息を誤魔化した。
「お話は伺いました。人族を裏切って魔王城で働きたい理由と繋がりませんが?」
アスタロトがズレた話の修正をはかる。彼が異世界から召喚されようと、こちらには何も関係のない話なのだ。しかし召喚された勇者にしてみれば、ここまでの話も重要事項だった。
「話はまだ長いです。僕としては前の世界に戻りたいけど、帰るのにすっごい膨大な魔力と複雑すぎる魔法陣が必要だと言われました。人間じゃそれは無理そうなので、魔王様にお願いしたいです」
「なぜ陛下がお前を助けると思う?」
器用に右の眉尻だけ上げて不快だと示したアスタロトが、淡々と問いかける。その頃のルシファーは話どころではなかった。リリスが掴んだ指をもぐもぐと咀嚼され、擽ったいやら嬉しいやらで頬が緩んでしまう。必死で真面目に聞いている風を装うが、どうしても口の端が笑みの形に持ち上がった。
「可愛すぎる」
「陛下」
「聞いている」
そこへ慌てて走ってきたのはベールで、少年姿のルキフェルはしっかり手を繋いでいた。どう見ても親子か年の離れた兄弟だ。
アデーレが新しいカップと椅子を用意すると、並んで座る2人のためにイポスはアスタロトの隣に移動した。礼を言って席に着く2人は勇者に視線を向ける。上から下まで眺める3秒チェックの後で口を開いた。
「勇者が降伏しにきたと伺いました」
「え? 雇われに来たんだよね」
ルキフェルとベールを呼びに行ったのは同じ人物なのに、どうして彼らの認識が食い違ってしまうのか。どちらかが書類か本に夢中で話を半分しか理解しなかったのだろう。いつものことだと割り切ったルシファーは、仕事バージョンの口調で告げた。
「召喚事例についての資料を集めよ。勇者は異世界から召喚されたそうだ」
「ふーん、人族にそんな知恵があったなんてね。それで魔王城に戦いじゃなくて、雇われに来た理由は?」
ルキフェルはアデーレに出されたジュースに口を付ける。ストローは赤だが、中の飲み物はオレンジジュースらしい。最近お気に入りのジュースを啜ってから尋ねる子供に、しかし勇者は礼儀正しく答えた。
「魔王を倒せと命じたこの世界の住人はみんな冷たくて、異世界人を化け物扱いでした。自分達で呼んだくせにと思うけど、白いほど強いからお前の色は魔物と同じだとバカにされて。この世界の常識なんて知らないから、騙されて外の馬小屋みたいな場所で生活させられたり。とにかく、前の世界に帰りたいんです。あっちには親も兄弟も友達だっていたから」
答えている間に辛かった時期を思い出した勇者がしくしく泣きだし、横からアデーレがハンカチを渡した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます