407. 研究材料として飼う
礼を言って目元を拭く青年の姿に、ベールが小さく頷いた。嘘をついていないと判断したのだ。その見極めも含めて呼ばれた2人は、用意された茶菓子に手を伸ばした。
「人族はみんな肌が黒かったでしょ。あれは魔力が少ない証拠。この世界は白に近い者ほど強い」
ルキフェルがクッキーを摘まみながら説明する。泣いたせいで赤くなった目で、食い入るように正面の魔王を見た勇者は「勝てっこないじゃん」と頭を抱えた。純白の魔王と称されるルシファーは、見た目で明らかに白い。魔力量の差は一目瞭然だった。
クリーム色の肌、赤毛と青い目。外見からして純白の魔王に勝てる要素がない。
「つまり騙されたので逃げるわけですか」
淡々とした口調のベールが確認すると、勇者はすぐに頷いた。
「魔王のせいで生活圏が脅かされ、生きるのが精いっぱいだと言われたけど、僕のご飯は明らかに残飯レベルでした。しかも無理やり連れてきて、こんな弓矢と短剣渡して戦って来いっておかしいでしょう。一緒に来た貴族のバカ息子は勝手に勇者を名乗るし……あんな国のために死ぬのは嫌です」
気の毒になってきた。前の世界で戦いのない平和な暮らしをしていたなら、剣や魔法で他者を傷つけるこの世界にさぞ驚いただろう。その上で奴隷のような扱いをされ、戦って死ねと命じられたら逃げたくもなる。
「なあ、アスタロト」
「無理ですよ、陛下。これ以上の
拾ったんじゃなく転がり込んできたんだが……そんな言い訳は通りそうになかった。助けを求めるように視線を泳がせると、ルキフェルがにっこり笑う。
「僕がもらうよ。研究材料として飼う」
「「「「え?」」」」
いいのかと期待に目を輝かせるルシファー、不安要素しかない研究材料という単語に青ざめる勇者。こんなの使えるのかと首をかしげるベール、余計なことをと舌打ちするアスタロト。全員の思惑がすれ違う状況で、声だけは見事にハモった。
「ところで国の名前は聞いた? 国王がいたなら、ミヒャールかガブリエラだと思うんだけど」
ベールの手で焼き菓子を食べさせてもらうルキフェルは、思いついたように尋ねる。するとしばらく考え込んだ後、勇者は大きく首を横に振った。
「たぶん、教えないようにされてたと思う。聞いたことがないし、塔の前にある小屋に隔離されてたから、他の人と話す機会もなくて……」
申し訳なさそうに告げた返答の中に、ヒントがあった。ルキフェルは、自分の紅茶に薔薇の砂糖を入れてかき回す。
「ねえ、その塔の屋根の色って覚えてない? 城の屋根でもいいや」
目の付け所が違うのは、研究者として研究対象を探るルキフェルだからだ。声や仕草に滲む感情から裏を読むことに長けたベールや、相手を煙に巻く言動が得意なアスタロトと方向性が全く違う才能だった。ただ真剣に観察して、事実を淡々と記録し、謎を解明することを得意とする。
水色の髪を最近伸ばし始めたルキフェルが、鬱陶しくなってきた横の髪をさらりと後ろに払った。
「屋根の色……昼間は外に出られなかったから、あ、いや。出立の日の朝に見たときは赤く見えた。くすんだ赤色だ」
「なるほどね、もしかして塔の反対側から陽が昇るでしょ」
大きく頷いた勇者に、ルキフェルは褒めるように笑みを向けた。それからアスタロトに視線を合わせて、「赤い屋根はガブリエラ国だね。彼も役に立つでしょ? だから研究材料にちょうだい」と素直に強請る。実際敵国の特定に役立ったわけで、ルキフェルの願いを退けるとベールが煩い。
様々なトラブルと面倒ごとを秤にかけた結果、アスタロトは許可を出した。
「わかりました。ルキフェル大公の管理下とします」
こうして異世界勇者の身柄は、ルキフェルの研究対象として引き取られることに決まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます