1119. まったく理解していなかった?
リリスが知る限り、レラジェが特別早く成長する理由はないらしい。魔の森が許す限り、普通の子供と同じようにのんびり成長する。リリスが人族程度の速さで成長したため、おそらく同じくらいだろうと予測を立てた。
「ベルゼに返して平気だろうか」
ゆっくり育つ子供を、あの奔放で気分屋なベルゼビュートに任せられるか。そう呟いたルシファーの懸念に、アスタロトも眉を寄せた。義娘ルーサルカが一時的に預かったが、1歳児は手がかかる。どこかに養子として預けた方がいいかも知れない。
誰もがそう考えたとき、ルキフェルが名乗り出た。
「僕が預かろうか?」
青年姿だが、つい最近まで幼児として過ごしていたルキフェルに、子育てが可能か。また悩む。というより、ルキフェルは何をしにきた? 尋ねるルシファーに書類を差し出し、サインを求めた。先日吹き飛ばした研究所の修繕費用の請求だ。隣のアスタロトがちらりと目を通し、問題ないと頷いた。さらさらと署名し、手渡す。
「もっと時間に余裕のある奴がいいな」
ルシファーが呟くと、リリスも続けた。
「爆発する場所は、赤ちゃんには危険よ」
「出来たら育児経験者がいいですね」
アスタロトがもっともな条件を付けくわえ、アデーレがぽんと手を叩いた。
「うってつけの人がいるわ、ほら」
示された先で、毛繕い中のヤンがぴたりと固まった。あの問題児ピヨを育てた上、当代のセーレはすでに独立している。最近のピヨはアラエルに懐いて火口に遊びに行くことも増えた。ならば手の空いた育児経験者に該当するのではないか。
もっともな指摘に、全員の視線が向く。
「無理ですぞ。我の爪では赤子のおむつ替えは出来ませぬ」
もっともな理由で却下され、全員が「「「それもそうか(ね)」」」と納得した。むっとした顔で毛繕いを続けるヤンは、内心でほっとしている。納得してくれなかったら、大事件だ。
「あら、赤ちゃんじゃない!」
目を輝かせて寄ってきたアンナは、レラジェの頬をつんと突いた。もぐもぐ動くおしゃぶりで頬が膨らんでいる。レラジェの顔を覗き込んだアンナは、ルシファーとリリスを見た後、再び赤子を眺めて「ああ」と奇妙な表情を見せた。
なんだか気づいてはいけないことに気づいた。そんな顔で曖昧な笑みを浮かべる。
「私、何も気づいていませんわ。失礼しますわね」
「誤解だ!」
ルシファーに呼び止められ、レラジェの詳細を聞く。あの少年姿のレラジェだと理解すれば、誤解は解けた。ルシファーとリリスが事実婚したと噂になるところだ。預け先を探していると聞き、アンナは少し考えた後、斜め後ろに立つ夫で兄のイザヤを振り返った。
「ねえ、うちで育ててみる?」
「そうだな。兄がいてもいいだろう」
奇妙な言い回しに、ほぼ全員の視線がアンナの腹部に集中する。意味の分かっていないリリスだけが、きょとんとしていた。
「なんで兄なの?」
「リリス、今の言葉をよく考えてごらん。兄と表現するなら、弟か妹がいるだろう?」
「……っ! うそっ……」
やっと気づけたか。ルシファーがほっとして頷くが、リリスの発した声は予想外の内容だった。
「また赤ちゃんが落ちてたの!?」
「「「え?」」」
どこから訂正すべきか。赤ちゃんとは野原や城門前に落ちているものではなく、お腹から卵や胎児の形で生まれる。性教育は済ませたはずの魔王妃の発言に、アスタロトとルキフェルは顔を見合わせた。もう一度、性教育が必要らしい。頷きあう彼らをよそに、ルシファーは遠い目をしていた。
「ねえ、ルシファー。私達も拾ってきましょう」
「ダメージが大きすぎます。やめてあげてください、姫」
止めに入るヤンに怪訝そうな顔をしながらも、リリスは「わかったわ」と頷いた。はてさて、リリスは過去の性教育で何を理解したのだろうか。
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