1120. 性教育はやり直し?

 思わぬ性教育の結果に気づき、遠い目をしたのはアンナも同様だった。一緒にいた4人の大公女は理解してくれたのに、どうしてこうなったの? いえ、私はちゃんと役目を果たしたわ。これは魔王妃の側近達に頑張ってもらう場面よね。私は失敗してない。自分に言い聞かせたアンナは早々に立ち直った。


 お試しを兼ねて、レラジェはアンナとイザヤが数日預かることに決まる。呼び出せば回収に行くと、ルキフェルが通信道具を持たせていた。それをぼんやり見ながら、ルシファーはまだ衝撃から立ち直れずにいる。


 リリスは子供が出来たり生まれる仕組みを理解していない。つまり襲えば、平手どころの騒ぎでは済まないという意味だ。赤子の頃のおむつで平手だったのだから、キス以上へ進んだ途端に何が起きるか……ぶるっと身を震わせた。想像だけで恐ろしい。嫌いとか言われたらどうしよう。


 暗くなっていく魔王の姿に、ヤンが憐みの眼差しを向けた。魔獣系は本能が発達しているため、そういった苦労はない。雄として立派な態度と強さを見せつければ、好みの雌を落とせるのだ。人は言葉を駆使したり礼儀作法があるため、魔獣より求婚事情が複雑になる。フェンリルに生まれて良かったと失礼なことを考えながら、ヤンは落ち込む主君の背を鼻で突いた。


「ああ、悪い。ありがとう……まだ立ち直れないが……」


 気持ちは嬉しい。そう気遣う主君が哀れになる。純白の魔王として強さも美しさも申し分ないのに、番への求婚に苦労するとは。我が君も獣に生まれれば苦労せず済んだであろうに。ヤンの同情の眼差しと違い、アスタロトは面白がる顔をしていた。


 ルーサルカ達がきちんと理解しているのだから、リリスも理解できて当然。そう考えていた大公として今後の対策と教育方針を決めなくてはならないが、その苦労を差し引いても面白い。この状況は数万年に一度の珍事だろう。


「リリス、前に覚えたんじゃないの?」


 ルキフェルは無邪気な幼児だった頃の気安さで、妹感覚のリリスに尋ねる。少し首を傾げたリリスは、何を問われたのか分からない様子だった。


「何を?」


「性教育」


「覚えたわ。生理が来たら女の子は、赤ちゃんを授かる準備が出来るの。だから結婚して、赤ちゃんを拾うのよ」


「あ、うん。途中までいいんだけど、どうして拾うの?」


「いつも赤ちゃんは落ちてたり、降ってくるからよ」


 なるほど。アスタロトは冷静に状況を分析した。性教育は当初成功していたと思われる。きちんと赤ちゃんの作り方も学んだのだろう。だが、その後の状況が悪かった。カルンは突然発生するし、レラジェは卵で落ちてきた。おまけにリリス自身も城門前に置いてあったのだ。


 子供とはどこからか置いていかれるもので、それを拾った人が育てる。ヤンもオレリアもルキフェルも、養い子と呼ばれる者が身近にいたのも影響した。赤ちゃんは落ちている――間違っているのに、魔王城周辺に限れば、完全に間違いとは言い切れない状況だった。


「リリス様、性教育を受け直しましょう。今度はアデーレに先生をお願いしようと思います」


 アスタロトの提案に、リリスは手を叩いて喜んだ。


「素敵! アデーレが前に、アスタロトを押し倒したときの話を聞かせてくれるって言ってたわ。ルカも興味あるみたいだし、いつ教えてくれるの?」


 思わぬリリスの反撃に、アスタロトの顔がひきつった。妻は何を魔王妃に教え込もうとしているのか。青ざめたアスタロトの肩に、ぽんとルシファーの白い手が置かれる。無言で首を横に振られた。諦めろと諭すようであり、やめておけと忠告する姿にも見える。


「リリス様、明日の午前中からにしましょうね」


「わかったわ」


 男性陣の沈黙をよそに、女性達は意気投合し時間を打ち合わせて盛り上がる。気の毒そうに尻尾を巻いて耳を垂らしたヤンは、賢明にも余計な声をあげることはなかった。

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